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※嫉妬⑤

 鈴真が堪えていた涙が頬を伝う。その時、ドアがゆっくりと開かれるのが見えて、鈴真はドアノブを持ったままこちらを見る風羽と目が合った。背後で朔月が愉しそうに嗤う気配がする。 「み、見るな……!」  鈴真の必死な叫びが通じたのか、風羽はすぐにドアを閉めた。足音が遠ざかり、ほっとしたのもつかの間、いきなり鈴真の中に挿入(はい)っていたものがずるりと引き抜かれる。支えを失った鈴真の身体はベッドの上に投げ出され、その拍子にぎしっとスプリングが軋んだ。  うつ伏せに倒れた鈴真の肩を、朔月が掴んで強引に振り向かせる。鈴真は、朔月が無表情でこちらを見ていることに気付いた。  ──こんな表情は、初めて見た。感情が抜け落ちた、ただ純粋な欲情の炎だけを宿した瞳で、鈴真を射すくめる。喜びも哀しみも、そこにはなかった。  朔月は言葉を失った鈴真から制服を剥ぎ取り、自分も汗で肌に貼りついたシャツを脱ぎ捨てて、再び鈴真の中に自身を挿入した。 「う、あ……あぁっ!」  中を押し広げられる感覚に鈴真が苦悶の声を漏らすと、朔月は無言のまま腰を打ちつけ、鈴真の感じる箇所を的確に突いてくる。  朔月と見つめ合ったまま、身体は繋がっているのに、心は遠く離れていくような、そんな感覚を覚えた鈴真は、このまま朔月がどこか自分の手の届かないところへ行ってしまう気がして、また涙が溢れてきた。 「ん、あっ、あっ……! さつき、朔月……っ」 「……っ」  鈴真が名前を呼ぶと、朔月は一瞬息を詰めて、鈴真の中に思いきり精を吐き出した。 「は、ぁっ……!」  最後の衝撃に鈴真はびくんと身体をしならせ、凄まじい快感に目の前が真っ白に染まり、世界から音が消える。  どのくらいそうしていたのか、やがてぼんやりと周囲の音が聴こえてきて、視界に光が戻ってくる。どうやら気を失っていたらしく、朔月はもう既にベッドを降りて制服を着込み、ネクタイを締めているところだった。 「……は、はぁ……」  息を弾ませた鈴真はどうにか起き上がろうと腕に力を入れるが、身体が全く言うことを聞かない。鈴真が意識を取り戻したことに気付いた朔月は、相変わらず表情を変えずにティッシュを手にとり、汚れた鈴真の肌を丁寧に拭った。 「鈴、今さっきドライでイったでしょ」  ドライ?  言葉の意味はよくわからなかったが、朔月の声はもう穏やかさを取り戻していた。その声を聞いたら、安心するのと同時に胸が苦しくて息ができなくなり、気がつくと嗚咽を漏らしていた。 「……泣いてるの? そんなに風羽さんに見られたのがショックだった?」  子供のように泣く鈴真の顔を覗き込む朔月は、普段通りの優しい笑みを浮かべていた。  ──違う。  朔月は勘違いをしている。彼は、鈴真が風羽を好きだと思い込んでいるのだ。だから、嫉妬心からこんな酷いことをした。  だが、鈴真にはそんなことはどうでもよかった。それよりも、朔月が自分を信じてくれなかったことが寂しかった。  朔月には、鈴真が何とも思っていない相手に何度も抱かれるような、そんな人間に見えているのだろうか。  確かに鈴真は朔月への感情の名前を測りかねているが、それでも特別に思う気持ちがあることは受け入れている。聡い朔月のことだから、そんな鈴真の気持ちを見透かした上で、こういう行為をしているのだと思っていた。  それとも、朔月にとっては鈴真の気持ちなどどうでもいいのだろうか。好きだと言ったあの言葉は嘘で、ただの独占欲からこんな行為に及んだのか。  わからない。朔月のことがわからなくて、苦しい。 「鈴、もう泣かないで」  朔月が鈴真の濡れた頬に優しくキスをする。その時鈴真の脳裏に浮かんだのは、詩雨の頬にキスをする風羽の姿だった。 (あぁ……そうか。僕はただ、羨ましかったんだ。あのふたりのことが……)  自分と朔月は、どうやったってあのふたりのようにはなれない。これまでは、ヒトとケモノだからわかり合えなくて当たり前だと思っていた。でも、種族の壁を越えて通じあっているふたりを見て、朔月とわかり合えないことを種族の違いのせいにして逃げていただけだということに、気付いてしまった。だからふたりを見ているとあんなにも哀しくて、胸が痛かったのだ。  だけど、今更気付いたところでもう遅い。鈴真には、もはや朔月の気持ちを少しも信じることができなかった。

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