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届かぬ距離①
鈴真と朔月は、極端に言葉を交わすことが減った。ふたりでいても会話はなく、必要最低限のことしか話さない。
特に寮にいる時は居心地が悪くて、部屋から出ようとしたこともあった。しかし、その度に朔月に「どこに行くの?」と尋ねられ、別にここにいろと命じられたわけでもないのに、鈴真の身体は硬直したように動かなくなる。
結局、自分のベッドの上の定位置に戻った鈴真を、朔月は何も言わずに一瞥して、読書の続きをする。
そんな日々が何週間も続いたある日、鈴真が登校すると下駄箱に折りたたまれた紙が入っていた。いたずらかと思って紙を開くと、そこには「お前は神牙朔月に相応しくない」とシンプルなフォントで印刷されていた。
そして翌日も、その翌日も、下駄箱を覗くと必ず紙が入っていた。日を追うごとに書かれている内容は見るに堪えないものになっていき、「ケモノのくせにいい気になるな」「この学園を出て行け」「さっさと死ね」といったような内容のことが書かれていた。
そのうち、鈴真は紙を見つけても読まずにゴミ箱に捨てるようになった。
朔月にはこのことは話さなかった。この程度の嫌がらせで傷つくほど、鈴真は弱くはない。それに、今の朔月には話しかけにくい雰囲気が漂っていて、どちらにしろ彼に相談する勇気はなかった。
それから数日後、なぜか今日は紙が入っていないことに気付き、鈴真は思わず溜息をついた。そして、知らないうちに自分が緊張していたことを悟り、そんな自分に驚く。見ると、手に汗が滲み、指先は震えていた。
途端に、泣き出したいような、叫び出したいような衝動に襲われる。その場に座り込んでもう一歩も動きたくない。何もかも放り出して、どこかに逃げてしまいたい。
朔月、と心の中で呟く。朔月に会いたい。あの優しい手で抱きしめて欲しい。あの穏やかな声で大丈夫だよ、と言って笑いかけて欲しい。
でも、頭に思い描いた朔月はこちらを振り返ることはない。
──お前は神牙朔月に相応しくない。
そんなことは、鈴真が一番わかっている。ふたりの心の欠けた部分に、お互いの持つピースが上手くはまらない。形が全然違うのだから、当然だ。強引にはめようとしても、お互いの心を傷つけるだけ。
もう無理だ、と思う。これ以上朔月のそばにいたら、きっと自分は壊れてしまう。だけど、ふたりが主従関係である限り、血の契約に縛られ続ける。どこにも行けない。朔月のそばにしか、行くところがない。そこが自分の居場所ではないと知っていても。
鈴真は俯いたまま、思うように動かない足を必死に動かし、教室へと向かう。
鈴真は、自分が朔月を求めていることを自覚せざるを得なかった。
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