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届かぬ距離②

 教室のドアを開け、自分の席に着く。鞄を机に放り出して、その上に突っ伏した。  胃の底が焼けるように痛む。そういえば、昨日から何も口にしていない。朔月と顔を合わせたくなくて、ずっとベッドに横になっていたからだ。 (寮に帰りたくない……朔月のそばにいたくない)  そんなことをぐるぐる考えながら目を瞑っていると、誰かに肩を叩かれた。 「大丈夫か」  落ち着いた、低い声。  ゆるゆると顔を上げると、すぐ隣に灰牙が立っていた。感情の読めない瞳で、こちらを見下ろしている。 「顔色悪いけど」 「……平気だ」  灰牙に言葉を返しながら、ふとあることに気付く。 「……あいつは」  教室内を見渡すが、見慣れた華奢な背中はどこにもない。 「夕桜のことか。あいつ、連絡つかねぇんだよ。その様子じゃ、お前も行き先は知らねぇみたいだな」  ──連絡がつかない?  途端に、説明しがたい悪寒のようなものが背筋を這い回る。 「連絡がつかないって、いつから……」 「今朝から。同室のやつに聞いたら、先に寮を出たって。でも、まだ来てない」  灰牙も心配しているのか、そわそわと落ち着かない様子でドアのほうを見る。 「探してくる。お前はここにいろ」  灰牙はそう言い残すと、足早に教室を出て行った。  鈴真は子供じゃあるまいし、そこまで心配することじゃないだろう、と自分に言い聞かせ、鞄から教科書を引っ張り出し、机の中にしまう。しかし机の中に入れた指先が何かに触れて、不思議に思いながら中を覗き込み、戦慄した。  ──折りたたまれた紙切れ。なぜ今日に限って下駄箱ではなく、机の中に入っているのか。  紙切れを取り出し、震える指で開いた鈴真の目に飛び込んできたのは、「友人を助けたければ体育館裏に来い」と印刷された文字。  頭の中に夕桜の顔がよぎる。気がつくと鈴真は教室を飛び出し、転がるように校舎から外に出て、体育館裏へと向かっていた。中庭を全力疾走し、胃から何かがせり上がってくるのを懸命に堪える。  そうして体育館裏に辿り着いた鈴真は、数人のヒトの生徒によって地面に押さえつけられている夕桜の姿を発見し、血の気が引いた。 「あー、やっと来たんだ。待ちくたびれたよ」  ぜえぜえと肩で息をしながら立ち尽くす鈴真に、見知らぬヒトの生徒が話しかける。どうやら彼はここにいるヒト達のリーダー格らしく、一見すると真面目そうな眼鏡の少年だが、鈴真を見る目は侮蔑に満ちている。 「なんで、こんなことをする……そいつを放せ」  鈴真が少年を睨みつけると、こちらに歩み寄ってきた少年がいきなり鈴真の頬をぶった。 「生意気なんだよ。薄汚いケモノの分際で僕に指図するな」  ぶたれた箇所が熱くなり、じんじんと痛み出す。鈴真はそれでも少年から視線をそらさなかった。 「大体、お前がさっさと呼び出しに応じないから、わざわざこんなまわりくどい真似をする羽目になったんだろ」 「呼び出し……?」 「やっぱり、読んでなかったのか」  少年が芝居がかった仕草で溜息をつく。  鈴真は、毎朝下駄箱に入っていた紙にその呼び出しとやらが書かれていたことを知った。鈴真が読まずに捨てていたから、夕桜を巻き込んでしまったのだ。

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