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届かぬ距離③
「お前、何が目的でこんなこと……僕に恨みでもあるのか」
「目的ぃ?」
少年は不自然なほど語尾を上げて、今度は鈴真の腹を容赦なく膝で蹴り上げる。もろに一撃を食らった鈴真は一瞬息ができなくなり、身体を折り曲げて胃液を吐き出した。少年は咳き込む鈴真の前髪を掴んで持ち上げると、ゴミでも見るみたいな目を向ける。
「お前が邪魔だからだよ。神牙くんはお前みたいな醜くて汚いケモノがそばにいていい存在じゃないんだ」
神牙──やはり、朔月の関係者か。朔月の信者と思しきヒト達から自分が良く思われていないことは鈴真も気付いていた。だが、こうして実際に行動に移した人間は初めてだ。
「……恨みがあるのは僕だけだろう……あいつは解放しろ……」
夕桜は気を失っているらしく、ぴくりとも動かない。怪我しているようには見えないが、彼は無関係だ。できるだけ早く解放してやりたかった。
「はぁ? だからさぁ……」
言いながら、少年がまた鈴真の身体を蹴る。衝撃でふらつくが、何とか踏ん張って倒れるのを凌いだ。しかし、少年はそんな鈴真の態度が気に食わなかったらしく、舌打ちして鈴真の身体を何度も蹴り上げた。
「ケモノごときが僕に指図するなって言ってんの。ケモノってさっき聞いたことすら忘れちゃうほど、頭腐ってんの?」
少年が笑いながら言うと、夕桜を押さえつけているほかの生徒達もゲラゲラと笑い出した。鈴真の中からどす黒い怒りがふつふつと湧き上がり、拳を振り上げるが、すぐにかわされてバランスを崩し、その拍子に地面に頭を押さえつけられる。
「神牙くんにはさぁ、僕みたいな優秀な人間こそ相応しいんだよ。それなのに……」
少年は鈴真の頭を持ち上げて、何度も地面に叩きつける。鈴真の額は赤く腫れ、擦り切れたところから血が滲み、土の味が口内に広がった。
「それなのに、神牙くんはお前ばかり大事にして……許せないんだよ。だから神牙くんの大事にしているものを全部壊して、ひとりぼっちにしてあげようって思ったんだ」
その言葉を聞いて、鈴真はこの少年が最近朔月に嫌がらせをしていた犯人だと気付いた。彼は朔月を孤独にするために、わざと春音達に朔月の根も葉もない悪口を書いた手紙を読ませたりしたのだ。自分の身勝手な欲望のためだけに。
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