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届かぬ距離④
鈴真は爪が食い込むほど強く拳を握りしめた。そして気力を振り絞り、自分の上にのしかかる少年の顎に頭突きをした。
「っ! てめぇ……ケモノの分際で!」
「ふざけるな……! 僕達だって好きでこんな身体に生まれたわけじゃない! どんなにヒトよりも劣っていて、異形の姿形をしていても、同じ人間じゃないか……!」
鈴真は泣き叫ぶように自分の中に渦巻く嵐のような激情を吐き出した。
今目の前にいる少年は、昔の、ケモノを見下していた頃の自分だ。周りの大人達から教えられるままにケモノを蔑み、ケモノを──朔月を、傷つけた。
朔月があんなにも歪んでしまったのは、自分や周りのヒト達が彼を傷つけたせいだ。自分の痛みに鈍感なのも、あんな形でしか感情をぶつける術を知らないのも、誰かに頼ったり甘えたりすることができない彼なりのSOSだったのかもしれないと、今は思う。
鈴真が両親に見捨てられた時、朔月が助けてくれなければ、今よりもっとつらい目に遭っていただろう。それなのに、鈴真は朔月を拒絶するばかりか、自分勝手な理由で憎み、彼に怒りや哀しみをぶつけ続けた。それでも彼は、そばにいてくれたのに。
「……朔月……」
思わず朔月の名前を口にすると、今度は顔を思いきり殴られた。口の中が切れて出血し、咳き込みながら地面に血を吐き出す。
「ケモノごときが人間ぶるな。気持ち悪い」
少年は無表情でそう呟き、何度も鈴真の顔を殴った。ようやく意識を取り戻したらしい夕桜がやめて、と叫んでいるのが聞こえる。
次第に気が遠くなり、痛みすら感じなくなってきた。冷たい闇の中に落ちていくような、自分の何もかもが溶けていくような感覚に陥り、頭の隅でもう駄目だ、と思う。
もう駄目だ。もう指一本動かしたくない。このまま跡形もなく消えてしまいたい。痛いのも苦しいのも嫌だ。どうしてこんなに傷だらけで、血まみれになりながら生きなければならないんだろう。この地獄みたいな世界で。希望すらないこの牢獄で。
ただ、誰かに愛されたかった。それだけなのに──
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