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振り返れば、そこに③

 朔月に促されてベッドに身体を横たえた鈴真は、気になっていたことを聞いた。 「どうしてあの場所がわかったんだ?」  あの体育館裏は木々に囲まれてちょうど死角になっており、昼間でも暗いから誰も近付かないのに、なぜ朔月は来てくれたのだろう。 「何だか嫌な感じがしたんだ。毎日届いていた嫌がらせの手紙が今日に限って来ていなかったし、あいつらが……あ、君達を襲ったやつらのことだけど。僕のクラスメイトだったんだ。あいつら、いつもしつこく僕にまとわりついてくるのに今日は姿がなかったから、嫌な予感がして……」  朔月はそこで一度言葉を切り、鈴真の手を握る指に力を込めた。 「鈴、君……春音から何か聞いてたんでしょ?」  嫌がらせのことを言っているのだとわかり、鈴真は素直に頷いた。 「ああ」 「……そうだったんだ。君が僕を心配してくれるとは思わなくて、どうして君があんなに怒っていたのかわからなかった。ごめんね」 「……別にいい」  鈴真が朔月に、隠し事をしていると問い詰めた時の話だ。  あの時は朔月が鈴真に対し一線を引いていると感じて勝手に寂しくなっていたが、朔月は本当に鈴真がなぜ怒っているのかわからなかったらしい。  考えてみれば、それも当然かもしれない。ずっと朔月につらく当たってきたのだ、今更心配しているなんて言っても信じられないのが普通だろう。  鈴真は改めて自分の子供っぽい言動が恥ずかしくなった。 「でも、もっと早くにあいつらの仕業だって気付いていればよかった。それに、君の居場所だって、僕ならもっと早く見つけられたはずなのに」 「……どういうことだ?」  鈴真は朔月の言葉の意味がわからず、首を傾げた。朔月なら鈴真の居場所がわかると言うのだろうか。 「僕にはわかるんだ。君に危険が迫ると君の香りが変わって、君の居場所も何となくだけどわかる。血の契約──最初に君に僕の血を飲ませたでしょ? その時に君の中に入った僕の因子が、君の体調の変化を僕に伝えてくるんだ。もちろんいつもじゃないけど、主従関係になったふたりにはこういう特別な繋がりができることがあるらしいよ」  血の契約にそんな効果があったなんて、知らなかった。鈴真には朔月の体調の変化なんてわからないのに、なぜ朔月には鈴真の変化が伝わるのだろう。 「じゃあ、僕がここで襲われた時も……?」 「うん。あの時は満月の日だったから、何かあってもすぐ駆けつけられるように準備してたんだ。でも、今回は君の居場所を探るのにちょっと時間がかかってしまって……もっと早くに見つけられていたら、こんなに傷つけずに済んだのに。本当にごめんね……」  朔月は自分が怪我をしているみたいに綺麗な顔を歪めて、鈴真の額に巻かれた包帯を指でなぞる。  朔月の口ぶりから、鈴真の居場所が完全にわかるわけではないことが伺える。それでも鈴真に何かあったと察して、授業を放り出して探し当ててくれたのだ。朔月はずっと、そうやって密かに鈴真のことを守ってくれていたのだろう。 (そうか……僕はずっと、朔月に守られていたんだ。ひとりで生きているつもりだったけど、本当は僕の中には最初から朔月がいてくれたんだ……)  胸の奥に、じわりと優しい温もりが広がっていく。その中に孤独とは違う痛みを感じて、目頭が熱くなった。涙を堪えながら、朔月に手を伸ばす。 「……朔月」 「ん?」  伸ばした手は朔月の大きな手のひらに包まれて、慈しみのこもった眼差しで見つめられる。その眼差しに嘘がないことを悟り、鈴真は震える唇をそっと押し開いた。 「……お前のそばに、いたい」  たった一言、その言葉を告げるのに、随分と遠回りした気がする。  いつも無理やり朔月に暴かれていた鈴真の心の奥深い場所に続く扉を、初めて自分の意思で開き、朔月に晒した。 「うん。そばにいて」  一瞬目を見開いた朔月は、やがて嬉しそうに目を細めて微笑んだ。  鈴真がずっと抱えていた心の傷が、流した涙に溶かされて、ゆっくりと癒えていく。  朔月が好きだ。  今、はっきりと自分の気持ちを自覚する。こんなにも優しく、温かな気持ちをくれた朔月に、自分は何がしてあげられるだろう。  そんなことを考えながら、鈴真は心地いい眠りの底に落ちていった。

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