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初めての感情①
それから月日が流れ、季節は梅雨に入った。生徒達が制服のジャケットを脱いで衣替えする頃、鈴真はようやく学校に復帰した。
ケモノの身体はヒトよりも丈夫にできているという話は本当らしく、実際はもっと早くに復帰できたのだが、朔月が過保護すぎてなかなか復帰を許してもらえなかった。その間必要以上に部屋の外に出ることも、医者以外の人間に会うことも禁止され、鈴真の身の回りの世話は全て朔月がひとりで行っていた。身体を動かせない間は食事すら朔月が手ずから食べさせ、何だか一生分甘やかされたような気がした。
朔月に優しくされる度、鈴真は気恥ずかしいような、いたたまれないような気持ちになる。どうしても朔月を意識してしまい、彼の言動のひとつひとつにいちいち胸が高鳴る。初めての経験に戸惑いながらも、鈴真は朔月と過ごす時間を心地いいと感じていた。朔月も同じ気持ちでいてくれたなら、どんなにいいかと考えたりもした。
「じゃあ、しばらくお別れだね。ひとりで平気?」
ヒト科とケモノ科の校舎へと続く分かれ道で、朔月は鈴真の手を握ったまま心配そうに聞いた。
「大袈裟だな……大丈夫だ」
ふたりの周りを生徒達が通り過ぎていく。彼らの好奇の視線を浴びながら、鈴真は照れくさそうに俯いた。
「ずっと一緒にいたから、鈴と離れるの寂しいな」
そう言って、鈴真の額に自分の額をこつん、とくっつける。顔の距離が一気に近くなり、鈴真はドキドキと騒がしく鳴る心臓を鎮めようと、咄嗟に朔月から身体を離した。
「僕は別に寂しくない」
思ってもいないことを口にしてしまい、鈴真はしまった、と思った。しかし、口をついて出た言葉はもう戻らない。
「そう。じゃあ、また放課後に迎えに行くね」
朔月は笑っていた。でも、どこか寂しそうに見えた。そのまま背を向けて、ヒト科の校舎のほうへと歩いていく。
朔月は、たまにあんなふうに寂しげに笑うことがある。彼をよく観察するようになってから気付いた。気付いているけれど、鈴真にはそういう時にどうしたらいいのかわからない。
もっと、朔月に優しくしたい。そう思うのに、心とは反対に身体は上手く動いてくれない。
そのことがもどかしくて、悔しかった。
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