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初めての感情②

 朔月と別れた鈴真は、何とか気持ちを切り替えて下駄箱へと向かった。もうあの紙は入っていない。ほっと息を吐き出して、教室へと続く階段を上がる。やがて教室が見えてきて、息を整えながらドアを開けた。  夕桜の姿を探すと、灰牙と話し込んでいた夕桜がこちらに気付き、近寄ってきた。 「鈴真くん! もう怪我はいいの?」  夕桜は眉を下げて鈴真の姿を上から下まで眺め、怪我の具合を確認する。鈴真は夕桜がいつもと変わらぬ態度で接してくれたことに安心し、肩の力を抜いた。 「僕は平気だ。君は?」 「そっかぁ、よかった! 僕も大丈夫だよ! ほら、ケモノって丈夫なところだけが取り柄だから!」  雰囲気を明るくさせようとしているのか、夕桜はにこにこしながらその場でぴょんぴょん跳ねてみせる。鈴真はそんな夕桜の姿に心が和むのを感じて、意を決し深々と頭を下げた。 「僕のせいで傷つけてしまって悪かった」 「えっ……」  鈴真が夕桜に頭を下げたことに、クラスメイト達がどよめいている。今まで誰に対しても心を開かなかった鈴真が突然態度を軟化させたことに、皆驚いているらしい。 「だ、大丈夫だよ! 全然気にしてないから! だから顔上げて? ね?」  夕桜は焦ったように鈴真の肩に手を置き、ぽんぽんと優しく叩く。ようやく顔を上げた鈴真は、夕桜をまっすぐに見つめた。 「いつも心配してくれてありがとう。……夕桜」 「鈴真くん、今、僕の名前……」  初めて鈴真に名前を呼ばれ、夕桜は顔を真っ赤に染めてにかっと笑う。 「えへ……嬉しいなぁ」  夕桜の素直な反応に、さすがに恥ずかしくなった鈴真は視線をそらした。すると、ふたりを見守っていた灰牙と目が合う。 「雨降って地固まるってやつか。よかったな、夕桜」 「うん!」  灰牙は穏やかな表情で夕桜の頭を撫でる。周囲に目をやると、クラスメイト達も皆温かな眼差しでこちらを見ていた。  今まで気付かなかったが、鈴真の周りにはこんなにも優しい人達で溢れていたのだ。 「それでさぁ、鈴真くん……あのあと神牙さまと何か進展はあった?」 「は?」  席に着いて鞄を下ろした鈴真に、夕桜は興奮気味に迫る。最近大人しかったから忘れていたが、夕桜は今でも朔月のファンらしい。 「進展、っていうか……別に何も……」  返答に困り、言葉を濁した鈴真に何かを察したのか、夕桜は声をひそめて鈴真に聞いた。 「でも、好きでしょ? 神牙さまのこと」  朔月が好き。  改めてそう思うと、鈴真は何とも知れないむず痒さに襲われて、頬を染めながら頷くしかできない。 「そっかぁ、やっと両想いになれたんだね」  夕桜の「両想い」という言葉に、鈴真は本当にそうだろうか、と少し不安になる。確かに「そばにいて」とは言われたけれど、別に付き合っているわけでもないし、これは両想いと呼んでいいのだろうか。  ぐるぐる考えていると予鈴が鳴り、夕桜達は自分の席へと戻っていった。 (ちゃんと伝えなきゃいけない気がする。僕から、朔月のことが好きだって)  結局、その日はそわそわして授業の内容の半分も頭に入ってこなかった。

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