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雨の夜②
(ここに朔月が……?)
朔月は倒れた養父についているのだと思っていたから、てっきり病院に連れて行かれるものと思っていたが……
「ほら、見て。あそこ」
春音が指さしたほうを見て、鈴真は静かに息を呑んだ。
朔月が、着物を着た若い女性とともに料亭から出てきた。朔月はスーツに身を包み、後ろから中年の男女と朔月の養母がにこやかに会話をしながら歩いてくる。
「縁談が無事まとまってよかったわ。美月 さんも可愛らしくて素敵なお嬢さんだし、朔月と並ぶと本当にお似合いで」
「いやいや、そんな。でも朔月くんがうちの娘を気に入ってくれてよかったよ。ほら、朔月くんって今まで女性に興味がなかったみたいだし……」
朔月の養母と中年の男の会話が、春音が開けた窓から漏れ聞こえてくる。これ以上聞きたくない、と思う鈴真だが、ケモノである鈴真の聴力はヒトよりも優れていて、ふたりの会話を聞き逃さない。
「そうなのよ。この子ったら、従兄弟のケモノを従者にしてからずっとその子のことばっかりで。でも、やっとわかってくれて嬉しいわ。ケモノはケモノの世界で幸せになるべきなのよ。ヒトである私達とは相容れないものなんだから。ね、朔月?」
上機嫌な養母の問いかけに、振り向いた朔月が柔らかく微笑む。
「ええ。あの子のことは従者として大切にするけれど、僕にとって一番大事なのは神牙家と、美月さんだけです」
朔月の言葉に胸を抉られる。
不意に着物を着た女性が何かに足をとられ、バランスを崩したところを横から朔月が支えた。女性は頬を染めて「ありがとう」と呟き、朔月は彼女ににこやかに笑いかける。
誰が見てもお似合いのふたり。隣にいるのが当然で、自然なことだと感じるのは、きっと彼女がケモノではなくヒトだから。
朔月が悪いわけじゃない。これは朔月にもどうしようもないことだ。
それに、朔月が鈴真を従者として引き取ることを受け入れてくれたのは朔月の養父母だ。それなら、鈴真は彼らに対しても恩がある。
あの時の朔月の言葉に嘘はなかった。でも、人の気持ちは変わるものだ。きっと、養父が永くないことを知って、考えを改めたのだろう。
俯いて黙り込む鈴真を見ていた春音は、窓を閉めて「出して」と運転手に命じた。
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