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秘められた想い
やがて、引き寄せられるように辿り着いたのは、学園の外れに佇む蒼華宮だった。
昼間見ても不気味な外観は、夜見るとさらにおどろおどろしい気配を漂わせている。正直こんなことでもなければ、絶対に夜に近付きたくはない。
勇気を出して玄関のドアノブを回すと、いとも簡単に開き、施錠されていないことがわかった。
間違いない。朔月はここにいる。
以前、蒼華宮の玄関の鍵は蒼華会メンバー全員に支給されていると聞いたことがある。おそらくそれを使ったのだろう。
鈴真は恐る恐るホールへと足を踏み入れた。ずぶ濡れの鈴真の身体から滴り落ちる滴が床を濡らし、ぽたぽたと音を立てる。背後でドアが閉まり、暗闇に包まれるが、ケモノである鈴真は夜目が利く。わずかな光を頼りにホールを進み、迷うことなく朔月の私室へと向かう。
朔月の私室のドアはわずかに開いていた。急いでドアを押し開き、中に入る。
真っ暗な部屋の中には、床にうずくまってベッドに顔を埋める朔月の姿があった。ようやく見つけられた安堵で身体の力が抜けそうになるが、ぐっと堪えて朔月の元へと歩み寄る。
「……朔月」
雨で湿った肩に触れると、突然力強い腕に抱き寄せられた。普段は温かい朔月の身体が、今は氷のように冷たい。
「……何しに来たの? 僕のこと嫌いなんでしょ?」
朔月の声はか細く、ほんの少し掠れていた。口では鈴真を拒絶するようなことを言いながら、彼は鈴真をきつく抱きしめて離そうとしない。
「朔月……顔見せろ」
鈴真がそう言うと、朔月は素直に腕の力を緩めた。伏せていた顔を上げた朔月はびしょ濡れだったが、その頬を濡らす滴は雨のせいだけではない気がした。
「朔月、本当のことを言ってくれ。本当の自分の気持ちを僕に教えて。どんな言葉でも、ちゃんと聞くから」
朔月の赤く腫れた頬をそっと撫でる。朔月がいつも自分にそうしてくれたように。
朔月は少しだけ瞳を揺らし、それから長く息を吐き出した。
「……君のことがわからない」
朔月が漏らしたのは、やはり鈴真が思っていたのと同じ気持ちだった。
「どうして君があんなに怒ったのか、わからないんだ……僕が別の女性といたことを怒っているのかと思ったけど、そんなはずない。君が僕のことを愛してないことを僕は知ってる。だって、まだ僕は君の隣に並べるくらい立派な人間じゃないから」
朔月の言葉は不明瞭だった。確かなのは、彼は鈴真が自分を好きだなんてこれっぽっちも思っていない、ということ。
「僕は君を傷つけてばかりいる。それくらい僕にだってわかる。自分が歪んでいることも、知ってる。でも、君といると君に触れたい気持ちを抑えられないし、君に近付く人間に対する嫉妬心も抑えられない。そのことが君を傷つけるとわかっていても……止められない。立派な人間になるなんて言って、結局僕は自分のことしか考えてない。こんなんじゃ駄目だって思うのに……君が離れていくのは当たり前のことなのに……」
朔月の言葉を今すぐ否定したい。だけど、ちゃんと聞くと言ったからには、最後まで聞こう。そう思って、朔月の話に耳を傾ける。
「嫌なんだ……君を失いたくない。誰かに愛されたいなんて思ったことは一度もないのに、君にだけは愛されたい。僕が君に対して想うのと同じように、僕なしじゃ生きられなくなって欲しい。でも、君のそばにいられるなら、恋人じゃなくても構わないから……従者としてでもいいから……僕を好きになって……」
最後のほうは声が震えて、消え入りそうなほどに弱々しかった。
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