70 / 121

出会い①

《side 朔月》  朔月が鈴真と初めて会ったのは、五歳の夏だった。  それまでは一宮家が所有する別荘で、別荘を管理する使用人とともに暮らしていた。そして、たまに顔を出す一宮家当主──鈴真の父から、いずれ本邸に来て息子の専属使用人になるようにと言われていた。  一宮の本邸は市街地から少し離れた場所にあり、白い壁が印象的な気品溢れる建物だった。  最低限の荷物だけ持って中に入ると、本邸の使用人頭である山下というふくよかな女性が部屋に案内してくれた。朔月の部屋は住み込みの使用人が暮らす六畳くらいの屋根裏部屋で、今は住み込みで働く使用人はほかにいないため、ひとり部屋だった。 「これから鈴真さまにご挨拶をしに行きます。くれぐれも粗相のないように」  山下は必要最低限のことしか話さない、寡黙な女性だった。朔月ははい、と返事をして、これから仕える主人の部屋へと向かった。 「失礼致します。新しい使用人を連れてきました」 「入れ」  山下がノックをして声をかけると、中からまだ幼い子供の声がして、朔月は緊張で高鳴る鼓動を抑えようと深呼吸をした。  山下がドアを開ける。彼女のあとに続いて室内に入り、朔月は目を瞠った。  窓辺で椅子に座り、こちらを見つめる少年と目が合う。年齢は朔月と同い年くらいに見える。驚いたのは、彼の髪や肌が真っ白だったからだ。生え際まで綺麗に白く染まった髪、そして病的なまでに青白い肌。瞳の色は澄んだ青空のようで、顔立ちは人形のように整っている。  天使みたいだ、と思った。こんなに綺麗なひとがいるんだ。  緊張とは違う胸の高鳴りを感じ、朔月は挨拶するのも忘れてぼうっと彼に見蕩れた。すると、横にいる山下が厳しい顔で朔月を叱責した。 「朔月、ご挨拶をなさい」  はっと我に返る。ここに来るまでに何度も頭の中でシミュレーションしてきたはずなのに、朔月の口からは挨拶どころか声すらまともに出てこない。  少年がじっとこちらを見ている。彼の視線が痛くて、隠れるように下を向いた。少年が椅子から降り、朔月のすぐそばまで歩いてくる。彼の白い指先が朔月の顎を掴む。そのまま上を向かされ、真正面から見つめられる。 「その髪と目の色、気に入らない」  少年が吐き捨てるように言った。朔月には何を言われているのかよくわからなかった。ただ、自分の何かが彼を怒らせたのだということだけはわかった。  少年は朔月から手を離し、不機嫌そうな足取りで部屋を出て行った。山下に叱られたけど、朔月の耳には何ひとつ入ってこなかった。  ──あのひとが、一宮鈴真。今日から自分が仕える、ただひとりの主人。  その日はずっと気持ちがふわふわして落ち着かなかった。明日から本格的に使用人として仕事をこなさなければいけないのに、頭の中は鈴真のことでいっぱいだった。

ともだちにシェアしよう!