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出会い③

 朔月はここに来る前、物心ついた時から育ての親である使用人夫妻によって厳しい教育を受けてきた。もちろん使用人としての教育だ。  基本的なマナーから主人の身の回りの世話の仕方、屋敷の家事のやり方まで、毎日夜遅くまで教え込まれた。  その甲斐あってか、朔月は年齢に似合わず落ち着いていて、よく出来た子供だった。本邸に来てすぐにあらゆる物の在処を把握し、ほかの使用人の仕事を手伝ったり、掃除や洗濯も完璧にこなした。  だが、そんな朔月を周囲は奇異なものを見る目で見ていた。まだ小学校入学前の子供が、足りない背丈を補うための脚立を持ち歩き、屋敷の家事を完璧にこなす光景は、普通の人間から見て不気味だ。  そして母親がケモノということもあり、周囲からは自然と嫌悪感を抱かれ、朔月を良く思わない使用人達から暴力を振るわれるようになるまでに、そんなに時間はかからなかった。 「どうせケモノの子だ。何したって構わないさ」  そう言って、彼らは人目のない場所まで朔月を連れ出し、気の済むまで殴ったり蹴ったりした。朔月はその間声を上げることもせず、ただうずくまってじっとしていた。  ほかの人間に身咎められないように、彼らは朔月の顔には手を出さず、服に隠れて見えない場所を集中的に狙った。だから、朔月が暴行を受けていることが明らかになることはなく、また朔月もそのことを誰かに告げることはなかった。  痛いとか苦しいという感覚に、朔月は酷く鈍感だった。それは朔月が自分の心を守るために、無意識に現実から意識を逸らしていたからで、誰に教わるまでもなく、朔月はそのやり方を知っていた。だから何をされても平気だった。自分がケモノの子だからとかそういうのは関係なく、自分は周りの人間から嫌われるのが当然なのだと思っていた。だから殴られるし、暴言を吐かれる。それは当たり前のことで、これから先もずっとそうやって生きていくのだろうと思った。  しかし、何でも完璧にこなす朔月も、鈴真の前では失敗ばかりしてしまう。  空になったティーカップにお茶を注ぐ時、読書をする鈴真の真剣な横顔に見蕩れてお茶をこぼしたり、鈴真の部屋を掃除している時にいきなり鈴真から声をかけられて、驚いて花瓶を割ってしまったり。  なぜか、鈴真の前だと朔月は必要以上に萎縮し、上手く身体が動かない。それか、鈴真に見蕩れてぼんやりしてしまう。  おかげで鈴真からは「使えない使用人」と思われているようで、彼の朔月に対する態度はどんどん悪くなっていった。

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