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見知らぬ笑顔
「鈴真さまの写真を撮ってこい」と使用人の男に命じられた朔月は、カメラを渡されながら困惑した。
「どうしてですか?」
朔月が聞くと、口答えするなと言われて殴られた。
誰にも気付かれないようにこっそり撮れと言われて、朔月はカメラを持って庭から鈴真の部屋の窓を観察した。
開け放たれた窓から、窓辺に座って読書をしている鈴真の姿が見える。朔月は木の陰に隠れながら、シャッターを押した。
それから鈴真の写真を何枚か撮って、気付いたことがある。
鈴真はいつもつまらなさそうにしていた。子供らしく笑うことはなく、朔月の前では不機嫌そうに顔をしかめたりはするが、それ以外では両親の前で緊張した面持ちでいるか、叱られて泣きそうな顔をしているかのどちらかだった。
撮った写真をカメラの液晶画面に映し出して眺めながら、朔月はふと鈴真の笑った顔が見たい、と思った。あんなに綺麗な顔をしているのだ、笑ったらきっともっと綺麗だろう。
朔月は現像した写真を持ってカメラを使用人の男に返した。男は写真をチェックし、煙草をふかしながら「もういい、さっさと行け」と朔月を追い払った。
朔月がその場を離れると、入れ違いにほかの使用人達が男に近寄り、彼が手に持つ写真を覗き込んだ。
「それ、鈴真さまの写真?」
「ああ。鈴真さまって、クソ生意気だけど色が白くてそそるんだよな。ああいうやつを屈服させたらさぞ気持ちいいんだろうなぁ」
「お前、あんなガキをオカズにする気か? 気持ちわりぃな」
「このことは誰にも言うなよ」
そう言いながら、男達はゲラゲラと笑った。
朔月には彼らの言葉の意味はよくわからなかったが、何となく鈴真を馬鹿にしている気がして、不快な気持ちになった。
それから季節はめぐり、また冬がやってきた。
鈴真は相変わらず笑うことはなく、毎日夜遅くまで勉強に励んでいた。
そんな時、鈴真の十歳の誕生日パーティーが開かれることになった。屋敷でパーティーが催される時、朔月はいつも部屋から出ないように命じられる。だが、誕生日なら鈴真も微笑むかもしれない、と思った朔月は、こっそり部屋を抜け出して鈴真を探した。
そして、中庭で鈴真の姿を見つけた時、朔月は瞠目した。
鈴真は見知らぬ背の高い少年と一緒にいて、彼が手折った白薔薇を髪に飾られて照れくさそうに微笑んでいた。少年は首から下げた立派なカメラで鈴真の写真を撮り、ふたりは遠目から見ても仲が良さそうに見えた。
鈴真が、笑っている。その顔は朔月の想像以上に美しくて、夜闇の中でもきらきらして見えた。
──だけど、それを見た朔月の胸はどろどろしたどす黒い塊に圧迫され、身体が硬直したように動かなくなり、呼吸が苦しくなった。
鈴真の隣に自分ではない誰かがいて、そいつが鈴真を笑わせたのかと思うと、胸が痛くて酷く暴力的な衝動が湧いてくる。それが怒りという感情だとはわかったものの、どうして自分がそんなに怒っているのかはわからなかった。
少年は風羽というらしい、と朔月が知ったのは、鈴真が彼と文通を始めて彼からの手紙をポストで見つけた時だった。鈴真に手紙を持って行くと、彼は瞳を輝かせて大事そうにそれを受け取り、何度も眺めて夢中で返事を書いていた。
朔月はそんな鈴真の姿を見るのが嫌だったが、口には出さなかった。だけど、自分の中でどんどん何かが形を変えていくのを感じていた。
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