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約束①

「朔月。お前を神牙家に養子に出すことにした」  朝食の席で鈴真の父にそう言われた時、朔月は一瞬息の仕方を忘れた。  鈴真とその両親が黙々と食事をする中、給仕をするために鈴真の後ろに立っていた朔月は、何か言おうと口を開き、しかし言葉は声にならなかった。 「神牙夫妻は高齢だが良い人達だ。お前のこともいたく気に入っている。一週間後にはこの屋敷を出て神牙の屋敷に移ってもらうから、荷物をまとめておくように」  鈴真の父はそう言って、話は終わりだとばかりに立ち上がり、屋敷を出た。 「ご馳走様でした」  鈴真の声にはっとして顔を上げると、椅子から立ち上がった鈴真がダイニングを出て行くところだった。慌ててその姿を追いかけ、鞄を手に玄関へと向かう鈴真の背中に声をかける。 「あの……っ、鈴真さま、僕……」  行きたくない。ずっとここにいたい。鈴真のそばにいたい。  溢れ出そうになる言葉を呑み込み、鈴真を見つめた。鈴真は朔月を一瞥すると、「よかったな」と言った。 「お前みたいなのを引き取ってくれる人がいて、よかったな」  その声には、何の感情も込められていなかった。そのままドアを開け、屋敷を出て行く。後ろ姿がドアの向こうに消えていくのを見送って、朔月は呆然と立ち尽くした。  鈴真にとって、自分は取るに足らない存在なのだ。特別に思っているのは自分だけで、鈴真に自分は必要ないのだ。  そんなこと最初からわかっていたはずなのに、どうしてこんなに痛くて、苦しいんだろう。

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