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約束②
一週間はあっという間に過ぎ去り、朔月は鈴真に何も伝えられないまま、一宮家を出た。
「朔月くん、これからよろしくね」
「本当の家族だと思ってくれていいんだよ」
神牙夫妻は、本当に優しい人だった。殴らないし、欲しいものは何でも買ってくれると言うし、朔月のために毎日美味しい料理を作ってくれて、休日には色んな場所に連れて行ってくれる。神牙家での日々は、とても穏やかだった。今まで愛されることを知らなかった朔月には眩しすぎるくらいだ。
だけど、朔月の心は晴れなかった。どんなに優しくされても、ここに鈴真がいないというだけで、死にたい気持ちになる。だから、夫妻の優しさにも応えることができなかった。笑うこともせず、ただ毎日無気力に過ごした。
ある日、学校の帰りに道を歩いていると、ふとこのまま車道に飛び出したらどうなるかな、と思った。もうどうでもいい。何もかもどうでもいい。鈴真に会えないのなら、彼が自分を見てくれないのなら、こんな身体に意味なんてない。
朔月は車道に飛び出し、走ってきたトラックに轢かれた。
朦朧とする意識の中で、朔月は鈴真の名前を呼んだ。
「朔月……朔月」
誰かの声に呼び起こされて辺りを見回すと、何もない真っ白な空間に人影が見えた。
やがて白い靄の向こうから姿を現したのは、鈴真だった。白銀の髪に青い瞳、顔立ちは確かに鈴真だ。だけど、随分と背が伸びて、朔月の知っている彼よりも大人の体型をしている。そして、なぜか頭に猫のような耳が、尻からは細長い尻尾が生えていた。
「朔月」
彼は安堵したように名前を呼び、朔月の身体を優しく抱きしめた。懐かしい、鈴真の匂い。それだけで心臓がドキドキと激しく脈打つ。
「鈴真さま……」
朔月が名前を呼ぶと、鈴真は苦笑して「いつもみたいに鈴って呼んで」と言った。鈴真がこんなふうに自分に笑いかけてくれるなんて、信じられない。それにいつもみたいに、とはどういうことだろう。今まで一度もそんな呼び方をしたことはないのに。
「僕は君を助けに来たんだ。僕のために生きて、いつか僕を迎えに来て。約束だよ」
そう言い残し、彼は朔月から離れていった。
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