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この手できみを①
目を覚ますと、そこは病室だった。神牙夫妻は涙を流しながらよかった、と言って朔月の頭を撫でて、朔月は自分が生きていることを悟った。
奇跡的にかすり傷程度で済んだことを医者から説明され、一応念のために検査入院をしてから、無事退院して屋敷に戻った。
(不思議な夢だったな……鈴真さまは、あんなふうに笑うのかな。また笑った顔が見たいな……)
自室の窓から空を見上げる。鈴真の瞳と同じ色の空。
「鈴」
夢の中で呼んで、と言われた呼び方を口にしてみると、どうしてか不思議なほどにしっくりときた。ずっとそう呼んでいたみたいに、唇に馴染んでいる。
いつか、迎えに行こう。鈴真をあの家から連れ出して、今度こそ自分の手で彼を笑わせよう。そのために、鈴真の隣に並ぶのに相応しい人間になろう。
そう決意した朔月は、その日から毎日必死に勉強をした。家事も進んで手伝い、少しでも知識をつけようと沢山本を読み、いつも笑顔でいるように心がけた。全ては、鈴真を守れるような人間になるため、彼を笑顔にさせるため。そのための努力なら、全く苦にならなかった。
そうして数年の月日が流れ、中学生になった朔月は、私立の名門中学でトップの成績を取り続けた。
ある日、神牙夫妻からパーティーに出席しないかと誘われた。ずっと勉強ばかりしている朔月を心配したらしく、いずれは神牙家の跡取りとして社交界に出るのだから、今から慣れておかないと、ともっともらしい理由をつけて朔月をパーティーに連れ出した。
会場となるホテルには沢山の人がいて、もしかしたら鈴真も来ているかもしれないと期待したが、彼の姿はなかった。
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