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僕だけの

 翌日、学校から帰った朔月はいつの間にか窓が雨粒で濡れているのに気付き、何やら胸騒ぎがした。  明日、鈴真の様子を見に一宮の屋敷に行こうと思っていたが、予定を早めて今日行くことにした。どちらにしろ、鈴真を引き取りたいと一宮の両親に話さないといけないと思っていたから、それならなるべく早いほうがいい。  朔月は使用人が運転する車に乗り込み、一宮家へと向かった。雨足はどんどん強くなり、雷も鳴り始めた。鈴真は雨の夜が苦手だった、と思い出し、ますます彼のことが心配になった。  そして、車が一宮の屋敷の前に停車した。窓から玄関へと続く通路を見て、朔月の背筋にぞくりと悪寒が走った。すぐにドアを開け、傘をさして歩き出す。  玄関のドアの前に、打ち捨てられたように鈴真が倒れていた。雨でびしょ濡れの彼の頭に、いつか夢で見たのと同じ猫の耳があり、ズボンの隙間から細長い白い尻尾が覗いている。 「鈴、ひどい格好だね」  その時、朔月は初めて鈴真をそう呼んだ。夢の中で、迎えに来てと言った鈴真の笑顔を思い出す。  これでもう後戻りはできない。あの夢を本当にするために、朔月はどんなことでもすると心に誓った。 「……だれ……」  鈴真が虚ろな瞳で朔月を見上げる。 「僕は朔月だよ。鈴を迎えに来たんだ」  自然と笑みがこぼれる。やっと鈴真に会えた喜びで胸がいっぱいになった。 「鈴、僕のところにおいで。ずっと僕が面倒を見るから、これからのことは何も心配しなくていいよ。ただし、僕の従者としてなら、ね?」  養父母が鈴真を引き取るにあたって出した条件のひとつが、鈴真を朔月の従者にすることだった。  養父母は、ケモノとなった鈴真を引き取るならきちんと主従契約を結ばなければいけない、と朔月に言い聞かせた。朔月としては今まで仕えてきた主人を自分の従者にすることに抵抗があったが、今の鈴真を見ていたらそんな考えは吹き飛んだ。 「……ふざけるな……誰がお前なんかに……」  涙で充血した瞳で朔月を睨みつける鈴真だが、朔月はそんな彼を可愛い、と思って見ていた。鈴真に対してそんなふうに思うのは初めてだった。  これまで鈴真は朔月にとって手の届かない場所にいる崇高な存在で、そんな彼を崇めるように見ていた。  だけど今、雨に打たれてずぶ濡れになり、泥にまみれた身体で必死に虚勢をはってこちらを睨んでいる彼に、昔の面影はない。翼をもがれて地上に堕ちた天使のようだ、と朔月は思った。  そして、そんな彼を守りたいと思うのと同時に、もっとつらい目に遭わせて泣かせてやりたいとも思う。「可愛い」という言葉には、そんな複雑な感情が詰まっていた。  朔月はこの時のために家から持ってきた小ぶりのナイフで自分の腕を切りつけ、滲んだ血を鈴真に差し出した。だが鈴真はその手を振りはらい、「僕はお前の従者になんかならない」と叫んだ。 「……強情だな」  鈴真の拒絶の言葉に、改めて自分が彼から嫌われていることを悟る。  朔月は自分の腕から流れる血を舐めて、鈴真の顎を掴み、口移しで無理やり血を飲ませた。鈴真が自分の血を飲み込んだ瞬間、身体の奥から心地いい温もりが広がって、自分と鈴真の間で何かが繋がったような感じがした。  咳き込む鈴真を見下ろしながら、朔月は自分が彼の唯一無二の存在となった喜びを噛みしめた。 「鈴、これで君はもう、僕のものだね」  誰にも渡さない。彼を守るのも、笑顔にするのも、全部自分ひとりだけでいい。

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