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変わりゆく想い⑤

 君が足りない、君の全部が欲しいと正直な気持ちを口にすると、鈴真は頬を赤くして戸惑うように視線をそらした。 「そんなの、おかしいだろ……お前が僕を好きになる理由がない。だって、あんなに……」  鈴真はそこで言葉を切り、つらそうに顔を歪めた。  幼い頃、朔月にきつく当たっていたことを言っているのだろう。朔月は何だか可笑しくなった。された本人は全く気にしていないのに、鈴真は自分を加害者だと思って悩んでいたのだろうか。 「……そうだね。でも、僕は君につらく当たられるのは嫌じゃなかったよ。むしろ嬉しかった」 「……虐められたかったのか?」 「君に必要とされてる気がしたから」  朔月は鈴真の頬を撫でながら、幼い頃のふたりを思い出した。  いつか鈴真が笑ってくれるのなら、どんなに傷つけられたっていい。自分はそのために生まれて、そのために今生きていると、誇りのように思っていたこと。 「鈴がずっと寂しい思いをしてきたこと、知ってるよ。叔父さんにも叔母さんにも期待されてなかったことが悔しかったんでしょ? だから、自分より優秀な僕が許せなかったんだ」  朔月の言葉は辛辣なものだったが、鈴真は怒らなかった。ただ黙って朔月の話に耳を傾けている。 「ねぇ鈴、もっと僕を頼っていいんだよ。みんなどこか弱さを抱えてる。それはヒトだろうと、ケモノだろうと同じで、決していけないことじゃない。君には僕がいるんだから、好きなだけ利用すればいい。もうヒトだった頃には戻れないし、そのせいでつらいことも沢山あると思う。でも、ケモノにはケモノの幸せがあるって、僕は思うよ」  朔月は鈴真に幸せになることを諦めないで欲しかったし、彼が微笑む隣に自分がいたいと思っている。そのふたつの願いは切り離せるものではなく、今の朔月を突き動かしている原動力になっていた。  だけど、鈴真は朔月に背を向けて布団の中で丸くなった。まるで、何かから怯えるように。 「……僕には、理解できない」  やはり、まだ駄目なのか。自分が立派な人間じゃないから、鈴真の隣に立つのに相応しい人間じゃないから、何を言っても鈴真には響かないのだろう。 「……そう。残念だな」  朔月は、胸の奥で何かが凍りつく気配を感じた。鈴真に拒絶されるのは、すごく冷たくて痛い。いつまでこんな日々が続くのだろう。少し近付いたと思ったら、また遠ざかる。鈴真の気持ちがわからなくて、わかりたくて、いつも必死でいる自分のことなど、鈴真は知らないのだろう。

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