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※すれ違い④
「ひっ……あ、あぁっ……! ドア、閉めて……」
鈴真が懇願しながらこちらを振り向き、その唇の端から唾液が糸を引いて滴り落ちる。朔月は鈴真の唇を貪るように奪い、鈴真も夢中で舌を絡めてくる。
その時、鈴真が滑らせた手が花瓶に当たり、床に落下した花瓶は無残にも粉々になった。かなり大きな音がして、「今の音で誰か来ちゃうかもね」と囁くと、鈴真はさっとドアのほうに視線を走らせ、身体を緊張させた。
「……そんなに、風羽さんに見られるのが嫌なんだ?」
鈴真は何も答えなかった。やっぱり鈴真は風羽のことが好きなのか、ほかの男を想いながらこんなふうに大人しく朔月に抱かれるのか、と思うと腹の底からふつふつと怒りが湧き上がり、鈴真の身体を乱暴に突き上げて責め立てた。
「おかしいなぁ、僕に犯されてよだれ垂らして喜んでる君が、そんな姿を風羽さんにだけは見られたくないだなんて……せっかくだから見せつけてあげようよ。君はもう心も身体も僕のものだって、あいつにわからせてあげよう?」
「い、やだ……っ」
鈴真はますます嫌がり、朔月に抵抗してきた。それを押さえつけながら、朔月は自分の中の何かがひび割れていくのを感じた。そして、ドアの隙間からこちらを見る風羽と目が合った時、朔月はひび割れた何かが砕ける音を聴いた。
──なぜ、自分はこんなことをしているのだろう。鈴真は嫌がっているのに、どうしてやめてあげることができないんだろう。どうして、身体は繋がったままなのに、鈴真を遠くに感じるんだろう。
答えなど、とうに知っている。鈴真は昔から、朔月のことなど見ていない。それなのに、気まぐれに優しくしたり、こんなふうに嫌がりながらも求めてくるような素振りをするから、勘違いをしそうになる。期待をしてしまう。鈴真の中に、少しだけでも自分の居場所があるのではないかと。だから、どんなに鈴真を遠くに感じても、身体を繋げることをやめられない。自分の中に渦巻く鈴真への愛情と、風羽への嫉妬心を、鈴真の中にぶつけることしかできない。
気がつくと、鈴真は朔月の身体の下で気を失っていた。いつの間にか、朔月は鈴真の中に射精し終えていたようだった。
途中から記憶失くすなんてもったいないことしたな、とぼんやりした頭で考える。鈴真の中から自身を引き抜き、後始末をしてから脱ぎ散らかした制服を着込む。ネクタイを締めていると、鈴真が息を吐き出した。どうやら目を覚ましたようだ。
朔月はティッシュを手にとり、鈴真の汚れた身体を丁寧に拭った。無心で手を動かしているうちに冷静さを取り戻し、だいぶいつもの自分の状態に戻ってきた、と思った。
「鈴、今さっきドライでイったでしょ」
何となく思い出してきた。鈴真はとうとうそんなことまでできるようになったのか、と謎の感慨深さが湧いてくる。
すると、鈴真がいきなり泣き出した。鼻をすすりながら、子供みたいに嗚咽を漏らす。
「……泣いてるの? そんなに風羽さんに見られたのがショックだった?」
言いながら、朔月は密かに溜息をついた。
鈴真は、一体自分のことを何だと思っているのだろう。気持ちよくしてくれるなら誰でもいいのだろうか。
「鈴、もう泣かないで」
絶望的な気分になりながら、朔月は鈴真の頬にキスをした。
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