102 / 121
みえない心
それからしばらくの間、ふたりきりで過ごした。
最近我慢していた分を取り戻すように、朔月は鈴真にべったりくっついて離れず、怪我で動けない鈴真の世話をあれこれと焼いた。
鈴真は朔月が必要以上に部屋から出るな、医者以外の人間には会うなと言っても、文句も言わずに大人しく従った。鈴真の世話をすることが自分の生き甲斐なのだとようやく気付いた朔月は、その役目を誰にも譲る気はなかった。
そして、鈴真の朔月に対する態度も明らかに変わった。朔月が近付いたり触れたりすると緊張した面持ちで視線をさまよわせたり、かと思えばふとした拍子に鈴真から熱い眼差しを向けられることが多くなった。
鈴真が朔月を意識していることはほぼ確実と言っていいだろう。だが、朔月にはなぜ鈴真が急にここまで態度を変えたのかわからなかった。自分はいつも通りに接しているつもりなのに、何か違って見えるのだろうか。きっかけがあるとすればこの間の事件だが、あれも結局元凶は朔月だし、恨むならまだしもこんなふうに好意的な目を向けられる理由がわからない。わからないが、それはそれとして鈴真に意識されるのは嬉しい。ふたりの間の空気は以前よりも柔らかいものになり、ずっとこうしていられたらいいのに、と願うほどだった。
だけど、鈴真はやはりケモノなだけあって傷の治りが早く、あっという間に時間は過ぎ去り、学校に復帰する時が来てしまった。
「じゃあ、しばらくお別れだね。ひとりで平気?」
それぞれの教室がある校舎への分かれ道で、朔月は名残を惜しむように鈴真の手を握った。
「大袈裟だな……大丈夫だ」
「ずっと一緒にいたから、鈴と離れるの寂しいな」
朔月は鈴真の額に自分の額をくっつけて、目を閉じた。だが、鈴真はすぐに朔月の手を振りほどき、身体を離した。
「僕は別に寂しくない」
鈴真は素っ気なく言ってそっぽを向く。朔月は、鋭利な刃に似た氷が自分の心臓をグサグサと刺していくような感覚を覚えた。
「そう。じゃあ、また放課後に迎えに行くね」
何とか笑みをつくって歩き出す。
冷たい氷が突き刺さった心臓がズキズキと痛み、朔月はようやく自分が鈴真の態度に傷ついたことを悟る。
また、振り出しに戻ってしまった。鈴真の心が見えない。鈴真の言動のひとつひとつにこんなにかき乱されて、苦しむばかりなのに、どうしても彼のことを諦められない自分がいる。いっそ心などいらないと諦められれば楽になれるのに。
ともだちにシェアしよう!