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きみのためにできること⑤

 確かにこれだけでは証拠とは言えない。夫妻を罪に問うのは難しいだろう。だが、夫妻にとって一番大事なのは王家の宝を手に入れることだ。朔月の信用を完全に失った今、彼が夫妻に協力することはない。つまり、夫妻の野望は潰えたのだ。 「……そんなに、あの子が大事なの……? あんなケモノの子ひとりのために……」  俯いた養母が呆然と呟く。その声は震えていた。 「あの女の呪いだわ……! 元々一宮の当主の弟はうちに養子に来る予定だったのよ! なのに、あの女と出会ったせいで心中なんてして……だから全部、あの女のせいよ!」  朔月もその話は聞いていた。彼らは一度一宮の血を手に入れようとして失敗している。だから今度こそはと躍起になって、朔月を手に入れるために無関係な鈴真やその母親まで巻き込んだ。 「あんたもあの女の息子にとらわれて……あんな無価値なケモノなんかのためにここまでするなんて……いつか絶対に天罰が下るわ! あんた達ふたりは絶対に幸せになんかなれない! あんたが神牙家を手に入れたところで、ヒトとケモノのあんた達に未来なんかないのよ!」  醜く顔を歪めて叫ぶ彼女に、かつての優しい養母の面影はない。 「殺しはしない。代わりに神牙家の当主の座と資産を僕に譲ること、そしてもう二度と僕と鈴に関わらないことを誓ってくれればいい。もし拒否するなら、この音声データをマスコミに流すから、そのつもりで」  効果があるかはわからないが、一応誓約書を用意したので、養母にペンと印鑑を渡す。養母は朔月の持つナイフを横目で見ながら、青ざめた顔で書類にサインをした。 「これで満足でしょう?」  ペンを置き、深い溜息を吐く。  朔月は書類を確認し、ナイフをしまって踵を返した。屋敷の外に出ると、冬音とその父親が数名の部下を連れて待っていた。  冬音の父は警察官僚で、神牙夫妻を逮捕するように頼んであった。調べを進めると、夫妻にはいくつもの余罪があり、捜査を行っていた警察に朔月が得た証拠を提供することと引き換えに、朔月がそのためにしたことには目を瞑るという取引を行った。

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