110 / 121
ルール違反②
「──そのあとは僕をどうするつもりなんだ」
最初、鈴真が何を言っていたのか上手く聞き取れなかった。窓の外の雨音がうるさい。
そのあと、と言っていたから、これから鈴真をどうするのかと聞いているのだろうか。男同士だから結婚はできないし、これまで通り主従関係でいるつもりだったが、鈴真はなぜ今更そんなことを聞くのだろう。
「どうするって、今まで通りだよ。僕と君は主従関係。君は僕のものだ。それ以外に何があるの」
朔月は、鈴真がそれ以上の関係を自分に求めているのかと期待した。だから、「それ以外に何があるの?」と彼の気持ちを聞いたつもりだった。
だが、鈴真の表情はますます暗く沈んでいき、やがて唇をきつく噛みしめた。鈴真は強いストレスを感じると唇を噛む癖がある。最近は直ってきたと思っていたが、やはりそう簡単には直らないようだ。それよりも、なぜこの話の流れで鈴真がこんなに苛立っているのか、朔月にはわからなかった。
「まだ、その癖直ってないんだね」
朔月が非難するように鈴真を見ると、ベッドから降りた鈴真が枕を掴み、朔月に向かって投げつけた。もろに顔に当たり、一瞬息ができなくなる。
「……うるさい。もうお前といたくない。お前なんか大嫌いだ」
──大嫌い。
久しぶりに言われたその言葉に、朔月は凍りついたように動けなくなった。心臓が激しく脈打ち、鈴真の言葉が鋭い刃となって心を切り裂いていくのを感じる。
大嫌いなんて何度も言われてきたはずなのに、まるで初めて言われたみたいに傷つく自分が信じられない。そんなことわかりきっていたはずだ。
「本気で言ってるの?」
そばにいたいと言ったあの言葉は嘘だったのか? それとも自分の何かが彼を傷つけ、もうそばにいたくないと思わせたのだろうか。
鈴真は濡れた頬を乱暴に拭うと、朔月の問いには答えずにドアのほうへと向かう。
鈴真が行ってしまう。嫌だ。どうにかして彼を引き止めなければ。でも、どうすればいい?
「鈴」
慌てて名前を呼び、力の入らない身体を懸命に動かす。鈴真の腕を掴んで引き寄せ、彼の唇を塞いだ。自分でもなぜこんなことをしているのかわからなかった。
「触るな……っ!」
頬にじわりと痺れが広がり、鈴真にぶたれたのだと気付いた。鈴真は憎しみのこもった目で朔月を睨んでいる。
ともだちにシェアしよう!