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溢れる想い①
一階の廊下の窓から外に出て、当てもなく歩くうち、蒼華宮に辿り着いた。ポケットに入れておいた鍵を取り出し、施錠されていたドアを開ける。
中は真っ暗だった。壁を伝いながらゆっくり移動し、手探りで私室に入る。私室はカーテンの閉められていない窓から街灯の光が差し込み、少し明るかった。床にうずくまりベッドに顔を埋めると、もう一歩も動けなかった。
目を閉じると、最後に見た鈴真の顔が浮かんでくる。結局どうして鈴真があんなに怒ったのか、朔月にはわからなかった。最初はほかの女性といたことを怒っているのかと思ったけれど、朔月に対して愛情を抱いていない彼がそんなことを気にするとは思えない。
「もうどうでもいいか……」
乾いた笑いを漏らし、朔月は思考を放棄した。
今更考えたところでもう遅い。結局朔月はどうやったって鈴真を傷つけることしかできないのだ。
どれくらいそうしていただろう。雨音に混じって館のドアが開く音がした。気のせいかと思ってそのままにしていると、私室のドアがギィ、と軋んで開かれた。
「……朔月」
幻聴だろうか。鈴真の声がすぐそばでして、誰かに肩に触れられる。その感触だけで、鈴真だと確信した。気がつくと、朔月はその手を引き寄せて鈴真の身体を抱きしめていた。鈴真もびしょ濡れで、触れた部分が冷たく湿っている。
「……何しに来たの? 僕のこと嫌いなんでしょ?」
先程まで鈴真を諦めるつもりでいた朔月の身体は、しかし鈴真を抱きしめたまま離そうとしない。鈴真の髪から彼の匂いがして、そのことに酷く安心する。
「朔月……顔見せろ」
鈴真がまた自分の名前を呼んでくれたことが嬉しくて、朔月は言われた通り彼に顔を見せた。
暗闇に慣れてきた視界に、鈴真の顔が映る。彼はもう怒っていなかった。ただ泣きそうな表情をしてこちらを見ている。
「朔月、本当のことを言ってくれ。本当の自分の気持ちを僕に教えて。どんな言葉でも、ちゃんと聞くから」
そう言って、朔月の頬をぎこちなく撫でる。
鈴真が自分の気持ちを知ろうとしてくれている。今までずっと受け身だった鈴真が、自らの意思で朔月を見てくれている。そのことに気付いた朔月は、泣きたくなるほどに目の前の彼が愛しくなった。ほかのことなどどうでもよくなった。諦めなければと思うのに、彼を手離したくない思いで胸が張り裂けそうになる。
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