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第7話
冬馬SIDE
あ、寝てた……か。
乱れた布団の上で俺は目を覚ました。お互いの体液で、布団もパジャマもスーツも、あられもない姿になっていた。
何も考えずに、ただ目の前に唯に夢中になってするセックスは初めてだ。
「あ、スマホ」
かかってくる電話すらも気にならないとは。
「ま、いっか。もう少し」
俺は隣に寝ている唯を抱きしめた。
『や、んぅ。だめ……冬馬、やだ……そこ、気持ち、いっ……あっ』
泣きながら何度もイッてしまう唯が可愛かった。痙攣が止まらなくて、困る顔もたまらなくそそられた。
手持ちのゴムが足りないほどセックスするとはな。
……しまった!
『冬馬、やだ……もっと。ナカに……入れて。出して……僕のナカを冬馬のでいっぱいにして』
強請る唯に、俺は何度もナカに出した。
俺は最初から唯以外の番を考えてないからいい。むしろ、ヒートでわけがわからなくなっている唯を騙すように、番にしてもいいくらいなんだ。
でも唯は……違う。
誰とも番にはならないと言ってた。抱かれる気もない……と。
弱みに付け込んで、俺は唯を自分の所有物にしようとしたんだ。
「父さんと同じじゃないか」
アルファの支配欲。
陳腐な感情で、唯は傷つけられてきた。俺も同じように、傷つけてしまった……?
「泣いてたのに」
嫌だって言ってたのに。
俺は『可愛い』とか思って、さらに攻めてしまった。止めてやれなかった。
ばかだ。傷付けたくないのに、結果は……傷つけてしまったんだ。
「ごめん……唯」
もうこれ以上嫌われたくないから、影ながら……応援させてくれ。
俺が唯の傍にいたら、同じ過ちを何度も繰り返してしまう。
※※※
「これでよし。当面の水分と食料の確保はできただろ」
「社長に怒られますよ?」
秘書の田野倉の言葉に、俺は乾いた笑いで返した。
これで唯がヒート中の間、外出しなくても生活できるだろう。俺にできるのはこれくらいだから。
いつも父の命令には従ってきた。それが当たり前だと思っていたから。命令に従わずに、呆れられてるのに一番に期待されている弟が羨ましくて、悔しかった。
従順な俺はいつも二番目。兄なのに、長兄扱いされない。アルファなのに、より優秀なアルファの弟が優先された。
それを見返すためにさらに優秀な子どもをオメガに産んでもらって、父に認められようとしてた。
ばかだったな。
「俺のプライベートは別として……掃除会社の買収は利益を生んだからトントンだろ」
「見合いをブッチしましたけど?」
「それはプライベート換算だから、問題ないだろ」
「調査会社に調べさせて、桜坂の過去を調べて、医師の免許をはく奪し、それに関与したアルファの情報を警察に売り、会社の契約を切ったのは……プライベート換算ですか?」
「半々?」
「バレたら殺されますよ? 社長に」
「首にしたければ、首にすればいいさ。どうせ、会社は弟の陽真のものだ。優秀なアルファを生ませようとして計画出産した俺は失敗して、後妻に産ませた子どもの方が優秀だった……とは、笑えるよな」
さて、と言いつつ、俺は立ち上がり、椅子の背もたれにかけていた田野倉が持ってきてくれた新しいスーツの上着を羽織った。
「戻りますか?」
「ああ。田野倉はここに残ってくれ。万が一ってことがあるから、ピルは飲んでおくようにと彼に伝えて、渡しておいて。たぶん、俺との子は望んでないだろうから。仕事も行きたい配属を聞いておいて。考慮する」
「自分で聞いたらどうです? 社長なんですから」
「近々、あの会社は誰かに売る予定だ。泣き顔も嫌がる顔も、もう……見たくないんだ。こんな気持ちは初めてだ。じゃ、あとを頼んだ」
「かしこまりました」
俺は田野倉の肩を叩くと、唯の家を後にした。
見ないでと泣きながら、イキ狂う唯がほしくてたまらなかった。弟が使っている一番強い抑制剤を打ってもなお、首筋に噛みつきたくなる衝動を抑えられなかった。
発情しているオメガを組み敷くあの高揚感はたまらない。一度、知ってしまったら……確かに何度も経験したくなる。
そのニーズに応えた仕事が闇で広がるのもわかる気がするが、あってはならない仕事だ。
アパートの下に止められている車に乗り込むと、運転手に会社に向かうように伝えた。ホッと息をつく暇もなく、電話がなる。
相手は父親だ。
『午後休を取ったと聞いたから、見合いに行ったのかと思えば……お前という奴は……』
「具合が悪くなったので帰りました」
『堂々と嘘をつくな』
「今は回復したので、これから社に戻って仕事をします」
『先方の女性は別日にしてもいいと』
「あー、しばらくはプライベートの時間すらないですね。仕事で埋まってます」
『お前も……陽真みたいにわかりきった嘘をつくんじゃない』
「父さん? 電波が悪くて、聞こえないんで、切りますね」
父が何か電話の向こうで話しているのがわかったが、俺は無視して電話を切った。
やっている行為が、弟と全く同じだと気づいて俺は失笑した。
あいつもこんな気分だったのか。俺の言葉が、さぞ面倒だっただろうな。
「あいつ、すごいな」
俺は馬鹿な弟だと思っていた陽真が、とたんに羨ましい人間に想えた。愛している人間のために全てを捨てられて、全てをかけられる。その強さが俺にもほしい。
ピンロンとラインの通知音が鳴る。
同級生で腐れ縁の充からだった。
『ヒートがきた。一週間、休む』
『了解。届出は俺のほうでやっておく』
「あいつらの応援、してやらないとだな」
スマホをポケットにしまいながら、車の窓から見える夜景を眺めた。
見て見ぬふりはできない。二人が長く交際していけるようにしてあげたい。たとえ、俺が嫌われても……。
本当に好きな人と一緒にいられる奴らの恋愛は邪魔しちゃいけないよな。
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