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第7話

 これほど苦しい思いをしているのに、それを本気にしていないような志津真(しづま)の態度が、威軍(ウェイジュン)をますます苦しめる。  こんなに愛しているのに、それがまるで届いていないようだ。この気持ちが一方的な空回りのような気がして不安になる。  威軍の想いは、乙女の初恋のように一途で純粋だ。実際、威軍にとって志津真は初恋の相手であるし、これまでの唯一の恋人だった。  今、志津真を失うことは威軍には考えられない。それほどに、愛し、夢中であるのに、志津真の態度は冷淡に思える。  もどかしくて、威軍は志津真を抱き締め、そのまま2つ並んだベッドの方へ誘導する。  昨夜は、窓側の志津真のベッドで愛し合った。  今夜は、抱き合い、縺れ合うようにして、壁側の威軍のベッドに倒れ込んだ。    一瞬、見詰め合い、すぐに激しくキスを交わす。どれほど唇を、体を重ねても足りないように、威軍には思えた。 「誰かが好意的に貴方を見るだけでもイヤなのに、その上貴方は私に見せつけるようにして、若くて美しい女性と腕を組んで庭を散歩だなんて…」  先ほどの光景を、威軍は忘れられない。  最愛の人が、知らぬ女性の手を取って睦まじく自分の横をすり抜けるなど、悪夢の中だけの出来事だと思っていたのに。  今にも泣き出しそうな威軍に、慌てて志津真は言い訳を始める。 「いや。言うてるやん。あれはヒールが折れて、困ってるって言うから…」  確かに、ほんの少し威軍に意地悪をしたいという気持ちが、志津真に無かったとは言えない。けれど、威軍がこれほどに傷つくとは思ってもみなかったのだ。人造人と呼ばれるほどに自制心が強く、冷ややかに見える威軍は、何もかも見通していて、志津真の小手先の意地悪など気にもかけないと思っていた。 「だとしても、彼女の部屋に誘われたでしょう?」 「は?」  まさかの威軍の勘の良さに志津真は驚いた。彼女に誘われたことなど、おくびにも出したつもりはない。 「(とぼ)けないで下さい。彼女にセックスの誘惑をされたでしょう!」  怒りのせいなのか、涙を堪えているせいなのか、目元を艶っぽく朱に染めて、強い視線で威軍は志津真を見据えた。 「…だ、だとしても…。俺は、誘いに乗ったりせえへんし」  志津真の動揺が、さらに純情な威軍の気持ちを逆撫でる。  本当は、ほんの少しでも彼女に気持ちが動いたのではないだろうか…、あんな軽薄そうな女を抱きたいなどと、一瞬でも思ったのだろうか…威軍の胸に次々と疑念が湧く。  志津真は気付いていないようだが、あの時、志津真の腕に縋り階段を上がって来た彼女は、確かに威軍に挑戦的な視線を送って来たのだ。 (アナタの負け。私の勝ち)  彼女の眼差しはそう言っていた。直感的に、威軍が自分のライバルだと嗅ぎ分けたのだろう。  あらゆる点で、そんな単純な思考の人間に自分が劣るとは思わない威軍だったが、選択するのが志津真だとなると、威軍は冷静になれなかった。人の心は、決して縛れない。 「当たり前です!貴方は、私だけのものだって言ってるじゃないですか」  我慢できずに、威軍は押し倒した志津真のスーツを奪うように脱がし、その上で膝立ちになると、自分もあっという間に上半身の素肌を晒した。  その白い肌の美しさに、志津真もゴクリと生唾を飲むほど誘惑される。 「で、お前も、俺だけのもんやな」  低く、柔らかく、悩ましい声で志津真が囁いた。そして、ゆっくり指先で威軍の肌に触れ、熱い掌をその背中に回すと、一思いに引き寄せた。 「っあ!」  突然のことに、威軍が息を飲んだ。  そのまま志津真は体の上下を入れ替え、上から威軍の美しく整った顔立ちを鑑賞する。実際、「鑑賞」に値するほどの芸術的な美貌だった。 「好きやで、ウェイ」  恍惚とするような甘やかでセクシーな声で志津真が囁く。その声の濃厚な色気に威軍も夢見心地になる。  陶然とした眼差しを交わしながら、2人は近付き、ねっとりと濃艶な口づけをした。 「私だけだと言って下さい」  そう言った威軍の、紅潮した頬が、瞼が妖艶で、無意識に誘うように半開きにした唇から志津真は目が離せない。 「お前だけに決まってるやろ」  鼓動が早くなった。それが、どちらの心音なのかもう判別しがたい。分かっているのは、互いが互いを求めているということだった。  それからは言葉も無く、2人は真摯に、熱心に相手への愛情を示すためだけに専念した。  唇を重ねれば、そのまま自然に舌が絡み、息を継ぐために離れれば、補うように指を這わせ、腕を回した。  肌を合わせ、体の温度を味わうように絡まり合い、(せわ)し気に下半身に手を伸ばす。  互いが、互いを欲していた。2人のそれは、快楽を求めた肉欲の交わりではなく、足りないものを補うための大切な儀式のようだった。もしくは、生きるために必要な作業のような…。 「あ!…あぁっ…、不、不行(ダ、ダメです)!」  音を立てて威軍の耳を舐め、そこから首筋に舌を這わせていた志津真が、途中で歯を立てた。噛まれると思った威軍は、その甘美な恐怖に全身を震わせた。 「俺の、モンやろ?」  低く抑えた、欲望に駆られたせいで少し鼻に掛かった甘く、凄艶な声で、志津真が囁くと、威軍は堪らずに柳眉を寄せ、背を反らせ、恋人の体を引き寄せ強く抱いた。 「ソコは…、ダメ…で、す」  ビクビクと過敏に反応する威軍が健気で、愛しくて、志津真は堪らず、唇を強く当て、赤く痕を残した。 「や…、あ、…っん」  強く吸われた刺激に、威軍がわなないた。 「ウェイ…」  志津真の濃艶な声に、威軍もこの上なく高揚した。悩まし気な顔で、黒々とした睫毛に縁取られた瞳を潤ませ、愛しい志津真の背に爪を立てて、威軍は達した。

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