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第8話

 何度も求め合い、与え合い、愛し合い、満たされた。肉体の交歓という意味ではなく、生きていく上で必要な物を得たという満足感だ。  志津真(しづま)威軍(ウェイジュン)は、互いの存在を確かめることで幸せになれると実感した。 「大人げなかったとは…思います」  狭いシングルベッドで無理に抱き合い、(いや)が上にも互いの体温と心音を感じながら、威軍がポツリと呟いた。 「貴方を、他の人に取られたくないばかりに…。幼稚な態度を取ってしまいました」  本当に子供のような反省した表情が、あどけなくて、(いとけな)くて、志津真は笑みがこぼれるのを抑えきれない。 「でも…貴方が悪いんです。私の前で、どれだけの人を魅了したら気が済むんですか」  素直に謝った自分を笑われたような気がして、威軍はちょっと()ねたように言った。 「お前こそ、今日だけで何人に犯されたと思ってんねん」  そんなカワイイ威軍に、志津真はわざと意地悪く言った。思いがけない衝撃的な言葉に、威軍は驚いて身を起こした。 「何を言ってるんです!」  上体を起こし、ベッドに横たわる恋人を見下ろしながら、威軍は真剣な顔で否定する。 そんな真面目な威軍に、志津真はクツクツと笑いだす。 「お前のこと、頭の中で犯してた男が、あの会場に何人いたと思うんや?」  ようやく志津真の言いたいことを理解して、威軍は困惑した表情を浮かべながら、ゆっくりと恋人の腕の中に戻った。 「どれだけの男が、頭の中で、お前の服を脱がせ、このキレイな体を想像して、俺でもしたこと無いようなイヤラシイことしたんやろな」 「そんなこと…」  無いと言おうとして、威軍は思わず頬を染めた。自分もまた、頭の中だけならあの場で志津真に何度も抱かれている…。 「お前だけ、なんやからな」  威軍の紅潮した頬の理由を誤解して、志津真はまたも威軍の身体に乗り上げ、肌に触れる。 「妄想でも、他の男に抱かれるなんて許さへんで」  そう言って、志津真は先ほど自分が所有の証として付けた赤い痕を、熱い舌で何度も舐め上げた。 「俺の…俺だけの…モンなんやから、な」  威軍が何も言わずにいると、志津真が不意に言い出した。 「こんなに好きになったん、お前が初めてなんや…。お前が居れば、他に目が行くことも無い…」  志津真にしてみれば真剣な告白だったのだが、威軍の反応は違った。フッと笑う威軍が不思議で、志津真が問い(ただ)す。 「なんや、それ?」 「私と出会う前の貴方に興味があります。他に目が行くような浮気性だったんですか?」  何となく威軍の言い方に余裕を感じて、志津真は肩透かしを食らった気分になり、威軍の隣にゴロリと体を投げ出した。これ以上行為を進めるつもりが威軍に無いと察したのだ。  だが、たまにはじっくり話をするものも悪くないと思い、志津真は思い切って過去の自分を威軍に教えておこうと思った。 「俺は、子どもの頃から頼まれごとを断るのが苦手で…。付き合ってくれと言われたら、大抵は一度は付き合ってみると言うか…」 「誰でも、抱いてしまうんですね」  今や、誰よりも志津真の人となりを理解している威軍は、呆れたというよりも、志津真らしいと受け入れて笑ってしまう。  そんな聡明で、寛容な恋人に感謝して、志津真はニッコリと人を魅了してやまないチャーミングな笑顔を浮かべた。 「男女、問わずに?」  念のため、威軍が確認すると、志津真は居心地が悪そうに小さく頷いた。  実際、優秀だった志津真は、13歳で中高一貫で全寮制の名門男子校に入学し、15歳で同級生に求められたのが初めての経験で、その後、人(たら)しゆえに年上の女性や下級生などに誘われるままに遊んできた。  志津真にとってセックスは楽しい娯楽の1つでしかなく、相手の性別は関係無く、求められたら応じるだけのコミュニケーション手段だった。  それでも、官僚になり、先の出世も考えていた日本にいた頃は、結婚を前提に真剣に交際していた女性も居たのだ。だが、彼女が女医で、志津真が新人官僚となれば、互いに多忙で顔を合わせるどころか、電話で声を聞くことさえままならない。  決定的になったのは、志津真の上海出向だった。予感はあったが、思っていたよりもあっさりと志津真は振られてしまい、それさえも海外赴任のバタバタで感傷的になっている暇も無く、気が付くとそんなこともあったかと忘れていた。  そして、上海に運命的な出会いが待っていた。

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