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第6話「愛念」

 経験のないダヴィッドには、モリスの行為がすぐに理解できなかった。そんな所を口に含むなど――ダヴィッドにとっては、セックスは子供を作るための行為という認識しかなかった。それ以外の快楽を求めるための性行為は、理性のない野蛮な行為とさえ思っていた。ヴァンパイアは淫行にふけることはない。あくまでもパートナーとのコミュニケーションであり、子孫を残すための行為だった。 「や…め…」  やめるんだ、の一言が出ない。抗う力を奪っていくモリスの技に、ダヴィッドはどんどん溺れていく。アルマン伯爵やほかの貴族たちも、これに溺れてモリスを食い物にしていた。わずか十四でアルマン伯爵に仕込まれ、ほかの貴族たちで場数を踏んでいた。  人間の世界には娼婦や男娼がいる。だが、モリスの行為は魔性を含んではいるものの、そういった類のものではない。包みこまれる優しさ、労り、癒やし。気持ちはよくて快感はあっても、快楽という言葉はふさわしくない。  知らず知らずのうちに、ダヴィッドはシーツをつかんでいた。 「ダヴィッド様、どうかそのまま、じっとしていてください」  モリスはダヴィッドの上にまたがり、体を沈める。口とは比べものにならない狭い門が、ダヴィッドを締めつける。モリスの腰が浮き、そして沈む。その動きは速度を増す。シーツをつかむ手に力が入る。ダヴィッドは、頬を染めて喘ぎ声を上げるモリスを見上げた。体の中からわき起こる、得体の知れない感覚に戸惑いながら。 「あ…ダヴィッド…様…ぁ」  腰を動かしながら、モリスは自身を握って擦る。先端からはトロリと粘液が出ている。甘い、蜂蜜の香り。ダヴィッドは手を伸ばした。先端から玉を作ってあふれる蜜を、指に取る。それを舐めてみると口の中全体に甘い味が広がり、あまりの衝撃に頬の筋肉が痛む。初めて味わう甘露を、ダヴィッドは夢中で指ですくって舐める。 「モリス…もう…限界だ」  ダヴィッドも腰を動かし始めた。何度か強く腰を打ちつけ、モリスの中にすべてを出した。高ぶった気持ちはおさまらない。爽快感さえある。結合部から精液が垂れて流れ出た。生殖以外での背徳的な行為がやけにみだりがましく思えて、胸の奥が熱くなる。それでも、汚らわしさはない。心が満たされる感じがした。  ダヴィッドは体を起こした。モリスの体内から自身を引き抜くと、モリスの肩に両手を置き、鳶色の瞳を見つめる。 「頼む、お前のその甘い蜜を分けてほしい」  ダヴィッドはモリスを押し倒した。先ほどモリスがしてくれたのと同じように、ダヴィッドも勃ち上がるモリスを口に含んだ。先端からあふれる甘露は甘く、ダヴィッドの体内を優しく満たしていく。吸い上げると、モリスが体をのけぞらせて喘ぐ。歯を当てたい、そんな気持ちと戦いながら、ダヴィッドは蜜を吸う。我慢できずに牙を当てようとしたとき―― 「くっ…、ダヴィッド様…もう、出ます…!」  モリスは精液をダヴィッドの口の中にほとばしらせた。舌に乗った瞬間、その甘さに驚く。涙が甘かった。唾液も、血液も甘い。だが、白い蜜はもっと甘い。なめらかに舌を誘惑する。毎日これを飲めるなら、血を飲みたい気持ちを抑えられるだろうか。体内で作られる蜜には限りがあるが、これならモリスを傷つけずにすむ。 「…どう…でしたか?」  肩で大きく息をするモリスに、ダヴィッドが口づける。モリスの隣に寝転んだ。 「おいしかった。また、飲んでみたい。これなら、お前を傷つけずにすむ」  よかった――と、モリスはダヴィッドの肩に額を当てた。ダヴィッドがモリスの肩を抱き寄せる。しばらくの間、二人は心地よい疲れにまどろんでいた。  ヴァンパイアと人間は、こうして共存できる。ダヴィッドの満たされなかった心に、モリスの存在は大きな変化をもたらした。  花壇に花や野菜、ハーブが植えられた。早いものは、もう芽が出ている。セイヨウミザクラの根元に肥料をまいたおかげか、葉の色が濃くなったようだ。  モリスは朝、井戸から水くみをして、庭仕事の合間に洗濯や掃除をする。村で買った肉類を保存するため、干したり塩漬けにしたりする。そうして家事をこなしているうちに一日が終わる。夕方、食事をした後にダヴィッドの部屋を訪ねる。そしてダヴィッドに抱かれ、精液を飲ませる。それが日課になっていた。 「ダヴィッド様…」  シーツを取り替えようとしたモリスはベッドに押し倒され、唇を奪われる。奪われるのは、唇だけではない。唾液でさえ、ダヴィッドにとっては甘い汁なのだ。時折、口内に牙を当ててしまう。 「ぐっ…」  痛みをこらえた拍子に、きつく閉じたまぶたの端から涙がにじみ出る。ダヴィッドは、鮮血に染まる舌で、涙を舐め取る。 「すまなかった、モリス。今日はお前がじっとしていてくれ」  いつもはあお向けに寝たままのダヴィッドに、モリスがまたがる。だが、今日はモリスをあお向けに寝かせたままだ。脚を持ち上げたダヴィッドが、尻の間を親指で押し広げ、じっと見つめる。 「いやだ…そんな所…恥ずかしいです」  モリスの弱々しい抗議など聞かず、ダヴィッドはほんのり赤い門に舌を這わせた。 「あっ…ふ…」  ダヴィッドの長い舌は、小さな穴に侵入する。その甘い門はいつまでも舐めていたくなる。だが、モリスにとっては恥ずかしさの上に、たまらなく焦らされる愛撫だった。 「や…もう…我慢でき…な…」  ダビッドが顔を上げると、薄い茂みに囲まれた茎が勢いよく勃ち上がり、蜂蜜に似た匂いの蜜まで垂らしている。モリスの頬は紅潮し、とろけそうに目が細められている。こんな妖艶な表情を見るのが好きで、経験が浅いながらもダヴィッドはいろいろと試してみたくなる。 「私の指なら…お前はどれだけ感じてくれるのだ?」  長い指が、小さな穴に入る。まとわりつく肉は触るだけでは飽き足らず、指に味覚があればとさえ思ってしまう。 「ダヴィッド様…あ…は、早く――」  背中をのけ反らせ、目には涙を浮かべている。充分に熟成させてとろけさせたモリスは、さぞ美味だろう。ダヴィッドが挿入する。 「うっ…モリス…」  ダヴィッドの方が待ちきれなかったのだ。いきなり早い動きで腰を動かす。 「お前の中は…気持ちいい」  夢中で腰を振り、ダヴィッドはモリスに覆いかぶさる。首筋にうっすらと浮かぶ汗を舐め、また腰を振る。動きが激しくなるほど、モリスの体に汗がにじむ。その汗もダヴィッドにとっては甘い。 「ああっ、ダヴィッド様、もっと…もっと来て…!」  ダヴィッドの首筋に腕を絡め、モリスは狂ったように腰を振る。内側の熱く狭い壁に何度も擦られ、ダヴィッドはモリスの中で果てた。その後はいつもの通り、モリスを口で愛撫する。  モリスがしてくれるように舌を蠢かせ、吸いつき、指を絡ませ上下に扱く。寝室に濡れた音が響く。ダヴィッドの吐息と、モリスの喘ぎ声。飢えを満たす行為であったのが、互いに違うものになりつつある、二人ともそう感じていた。 「あ…ダヴィッド様…」  モリスが射精した。ダヴィッドの上顎を直撃した後、舌の上に乗った蜜は甘く、乾いた喉を癒やしてくれる。至福とは、このことを言うのだろうか。空虚な日々を過ごしてきて、両親の愛情もほとんど記憶がないダヴィッドには、一番の幸福なときだった。 「ダヴィッド様…愛してます」  ダヴィッドがすべて飲み干すと、モリスはぽつりとつぶやく。 「あなたを愛しています」  体を起こし、正面からダヴィッドを抱きしめる。 「愛…」  自身の口から出たのは初めてだった。モリスの腕の中で、愛いう言葉を思い出してみる。昔に図書室で読んだ戯曲や、宗教に関する書物にしか記憶がない。 「あなたにとって私が、ただの渇きを癒やす存在であったとしても、私はあなたを愛しています。たとえ体中の血を失ったとしても」  ダヴィッドは恐る恐る、抱きしめ返す。 「モリス…お前の血は、すべて失ったりしない。お前無しでは生きていけない」  それは、モリスの血や体液が甘くて美味だから、という理由だけではない。こうしていつまでも触れていたい、声が聞きたい。モリスの言う“愛”だった。 「そうか、その気持が愛だったんだな…。ならば私も、お前を愛している」  抱きしめて口づけを交わす恋人たちは、ヴァンパイアと人間。食うものと食われるもの。その運命は、少しずつ近づいてくる。

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