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第7話「創作」

 ダヴィッドは体を起こし、隣にいるモリスの髪を撫でた。薄いまぶたが動き、ゆっくりと開く。鳶色の瞳がダヴィッドをとらえ、笑顔になる。 「すまない、起こしたか」 「いえ、ダヴィッド様を見つめていられるなら、眠らなくても構いません」  何をするわけでもなく、すぐに手が触れる距離にいるだけで満たされる。それは互いにそうなのだが、ダヴィッドにはふとわき起こる血への執着が消せない。ヴァンパイアの宿命だけでなく、別の何かがダヴィッドの中にひそんでいるようで。それは、冷たく尖ったような何か――  ダヴィッドはガウンを羽織ると、ベッドを下りた。 「モリス、今度村か街で買い物をするときに、紙とインクを買ってきてほしい」 「はい。何か書き物をなさるのですか?」  ダヴィッドは起き上がったモリスの肩に、ガウンをかけて微笑んだ。 「ああ。書きたいものがある」  書斎には羽根ペンやペーパーウェイトがある。だが、インク壺の中身は乾いていて、紙も黄ばんで湿気を含み、凸凹に硬くなって使えない。モリスが買ってきてくれた真新しい紙を机に置き、羽根ペンを買ったばかりのインクにひたし、文字を書き始めた。  “私は彼らをこう思っていた。古木にぶら下がる蓑虫。過去の栄華という枯れ枝をまとい、時代という風に揺られながら、必死に『名前』という木にしがみつく貴族たちを。”  “私は闇にひそむヴァンパイアだ。だが、人の血は飲まない。人が大嫌いなのだ。何が面白くて着飾り、酒を浴び、絵画や音楽など何の足しにもならないものを愛で、互いに心にもない世辞を言うのか。”  それは、自らをモデルにした小説だった。まったく何にも興味を持たなかったダヴィッドは、モリスと出会って笑うことを覚え、愛する喜びを知った。それがきっかけとなり、ダヴィッドに創作意欲を与えた。  毎日、ダヴィッドは書斎にこもってペンを走らせる。モリスと出会った喜びを、書き記さずにはいられなかった。登場人物の名を変えてはいるが、その紙の上に生きている者たちは、間違いなくダヴィッドとモリスだ。  庭の花は茎が伸び、野菜も葉が伸び、ハーブは早くも香りを漂わせる物がある。セイヨウミザクラはわずかながらさくらんぼが収穫できた後に、緑の葉を生い茂らせる。  テラスは屋根で日影になっている。おまけに今は曇り空で、日光は弱い。ダヴィッドはハンチングを目深に被り、テラスに出た。共布のボウタイがついたハイカラーのシャツに薄手のコートを羽織り、手には手袋、乗馬風のズボンに馬革のブーツで、肌を覆っていた。影になっている部分で、柱に体をもたせかけている。  ダヴィッドが日中、テラスに出るのは珍しい。花や作物の世話をしているモリスをじっと眺めていた。 「ダヴィッド様」  ダヴィッドの姿に気がついたモリスは、摘んだばかりのハーブを手に、テラスに駆け寄った。両手を真っ直ぐ、ダヴィッドに差し出す。その指は包帯だらけだった。 「このハーブ、いい香りがするでしょう? 造血作用があるらしいので、毎日食べようと育ててみました」  その言葉にダヴィッドの胸が痛む。モリスは自分のためでなく、ダヴィッドのために栄養を取ろうと心がけている。 「モリス」  ダヴィッドはモリスの腕を取ると居間に引っ張り、ソファーに座らせた。モリスの手からハーブを受け取り、鼻に近づける。 「…やはり、私にはいい匂いかどうかはわからないな。お前の匂いの方が好きだ」  そう言って、モリスをソファーに押し倒す。髪に顔をうずめ、体をまさぐりながら匂いをかぐ。甘く狂おしい蜂蜜の香りが、鼻腔をくすぐる。 「ダヴィッド様…私にはあなたがおっしゃる、蜂蜜のような甘い匂いがわかりません」  モリスに自覚はない。ダヴィッドがこれほどまでに惹きつけられる甘い匂いだというのに。 「では、ほかの者にもおそらく、その匂いはわからないのだろう。それは好都合だ」  ダヴィッドはキスをする。絡み合った舌は互いに強く吸い、唾液をむさぼる。その甘さは心を癒やすだけではなく、体を興奮させる作用もある。互いの昂りが擦れ合い、硬さを持ち始めているのがわかる。 「お前が買い物に出たとき、匂いにつられてついて来る者がいるのではと、気が気ではなかった」  シャツの胸元を開け、ダヴィッドが手を這わせる。ひんやりとした手に驚き、びくんと白い肌が反応する。 「あっ…」  桃色の乳首が立っている。そこに唇を寄せて優しく吸う。 「ダヴィッド様…ぁ…」  まるでダヴィッドが乳呑み児のようだ。それが可愛くもあり、なまめかしさもあり興奮してしまい、モリスは包帯だらけの痛々しい手で、ダヴィッドの銀髪をかき抱いた。 「噛んで…ください」  思わずダヴィッドの舌の動きが止まる。顔を上げると、薄桃色に染まった頬で、モリスが妖艶な微笑を浮かべていた。 「毎日、血を少しだけわける、そのお約束でしょう」  優しい母親は乳呑み児の頭を撫でる。ダヴィッドの灰色の瞳が揺れた。 「…すまない」  ダヴィッドは乳輪の辺りに少しだけ片方の牙を当てた。ぷつっと牙が食いこむ感触がして、すぐに赤い血が表面ににじみ出る。そこに唇を寄せ、ダヴィッドは血を吸った。口の中に広がるザクロの甘い味は、理性と欲望の天秤が狂う。もうここで止めないと、という気持ちと、あと少しだけ、という欲が絡まり、ダヴィッドは渇きを癒しながらも、均衡を保ちきれない天秤に苦しむのだった。 「うっ…」  モリスのちいさなうめき声に、ダヴィッドは我に返った。自分のシャツのボウタイをちぎり、胸元に当ててやる。 「本当に…毎日すまない…制御ができないのだ」  一口だけ、と思いながら実際にはもっと飲んでいる。モリスの回復がギリギリ間に合う量だ。それほどモリスの血は、ダヴィッドにとって甘い美酒であった。  血を飲むほかに、肉も食いちぎってみたい。牙を深く刺してしまうことさえある。  モリスは包帯だらけの手で、ダヴィッドが止血をしてくれる手を握った。 「…大丈夫です…」  ダヴィッドがモリスの体を起こす。二人は服をすべて脱ぎ捨てた。ソファーに座ったダヴィッドの上に、モリスが向かい合ってまたがる。体温が低いダヴィッドだが、モリスの秘門に当たる先端は熱く、シワも内側の壁も溶かしてしまいそうだ。 「あっ…ふ…」  ダヴィッドの肩に左手を置き、一心に腰を動かしながら、モリスは自身の先端からあふれる蜜を指先に塗る。その仕草がエロティックで、モリスの中で興奮したダヴィッドが大きく跳ねる。その拍子に、先端がモリスの感じる部分に当たった。 「ああっ!」  モリスは銀髪が垂れる肩にしなだれかかり、濡れた指先をダヴィッドの薄い唇に触れさせる。親鳥から餌をもらった雛鳥は、もっと欲しいとねだる。 「あなたが感じさせてくれるから…いくらでも差し上げられます」  血の代用とまではいかないが、モリスからあふれる蜜はダヴィッドの衝動を落ち着けてくれる。  ダヴィッドは白い包帯からのぞく真珠色の艶やかな指先を舐めた。甘い香りが口いっぱいに広がる。  ダヴィッドの腰が動いた。モリスを下から突き上げる。 「んっ…は…、もっと…ダヴィッド…様…」  モリスの奥に、ダヴィッドが愛欲の証を打ちつける。ダヴィッドが絶頂を迎えた後は、モリスを口で愛撫して、渇きを癒やしてもらう。ソファーにあお向けになったモリスの中心を口に含み、ゆっくり口を上下させる。 「あ…も、もう…出そうです」  ダヴィッドが動きを止める。硬い茎を指でなぞり、激しく上下するモリスの熱くほてった胸元を見つめる。 「ダヴィッド様…焦らさ…ないで…」  ダヴィッドは唇の端を持ち上げ、意地悪く微笑みながら、モリスの口の端から垂れる唾液を指ですくって舐めた。そうして焦らしてやることで、上からも下からも芳醇な蜜でいっぱいになることを覚えたダヴィッドは、時々そうしてモリスをいじめる。焦らされたモリスは、普段とは違って淫猥で色っぽく、可愛い。それもあって、ダヴィッドは一気に射精まで導かず、時々下からモリスを見上げては、顔を眺めたりささやいたりしている。 「口で愛さなくても、お前のここは見つめるだけで濡れるからな」  指で濡れた先端を撫でられ、鳶色の瞳が恥ずかしさに潤む。そんな目を見ると、初めてモリスの甘い涙を舐めた日のことを思い出してしまう。泣かせてみたい、そんなふうに考えてしまう。 「あ…そんな意地悪…言わないでください…」 「大丈夫だ。ちゃんとお前にも感じさせてやる。口でされるのと、こうして手で触るのとでは、どちらがいいのだ?」  鈴口を指先でいじられ、モリスが嬌声を上げてねだる。 「お願い…口で…ダヴィッド様、あなたの口で――」  そうしている間にも、割れ目はどんどん濡れて輝く。朝露を舐めるトカゲのように、舌をほんの少しだけ出して素早く舐め取る。もっと触れてほしいモリスが、腰を浮かせる。ダヴィッドが舌を押しつけて小刻みに動かすと、モリスは喜びの声を上げる。  甘い蜜であふれた先端を舐めて全部吸い取ると、ダヴィッドは再び根元まで深く飲みこんだ。 「ダヴィッド様…今度こそ…出ます」  モリスが背をのけぞらせた。勢いよく喉を直撃する温かい汁を、ゴクリと飲みくだす。甘い汁は、ダヴィッドの体内を潤す。  すべてが終わった後、しばらくの間何も身につけず抱き合っていた。こうして余韻にひたっていると、互いに違う種族であることも、時間がたつことも忘れてしまう。俗世間から切り離された二人には、時間というものが存在しない。だが、時は徐々に刻まれる。寿命が違うヴァンパイアと人間の間に、少しずつ距離を作りながら。  時は過ぎ、季節はもう夏になろうとしている。庭が青々として、生命の息吹を感じさせる夏が。

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