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 稔は自身のスラックスのベルトを緩め、忙しなく前を寛げた。そして、下着ごとその場で脱ぎ捨てると、優吾の唾液に塗れた指を双丘の奥へと忍ばせた。クチッと小さな水音が聞こえ、稔の上気した顔が間接照明の明かりに照らされる。  自身の後孔を解しながらベッドへと向かった稔は、マットレスに横たわると大きく両脚を開いた。小ぶりなペニスは反り返り、濡れてわずかに色づいた蕾は今にも綻ぶかのようにヒクヒクと収縮を繰り返している。その扇情的な姿にゴクリと喉を上下させた優吾は、稔の手招きを拒むことはなかった。 「犯せよ……。お前に壊されるなら本望だ」  優吾がマットレスに片膝を乗せ、稔の上に覆いかぶさった。ロクな準備はしていない。優吾の長大なペニスを受け入れるには十分に解す必要がある。それでも、稔は早急に彼を求めた。 (もう、友達なんかじゃない……)  先走りの蜜と、優吾が塗した自身の唾液を纏った太い楔が、稔の薄い粘膜を割り開いた。その衝撃と痛みに、わずかに顔を顰めた稔だったが、直後に全身を襲った強烈な快感に顎を上向けてアラレのない声をあげた。  優吾に躊躇はなかった。ただ、どこまでも真っ直ぐな瞳は稔だけを見ていた。挿れただけで奥にまで届いた茎が、激しい抽挿でさらにその奥にある括れた狭い場所を強引に抉じ開ける。S字結腸での快楽を知ってしまったら、もう並大抵のセックスでは満足出来なくなることを知っている稔は、足をバタつかせて彼を押し退けようともがいた。しかし、筋肉質の体はびくともしない。稔は小さく奥歯を鳴らしながら、シーツを掴み寄せた。 「やめろっ! そこは……やめっ。あぁ――イ、イクッ!」  制止の声はもう優吾には届かなかった。細い括れを強引に広げられ、未知なる場所を硬い先端が何度も擦りあげる。たったそれだけで、稔は勃起したペニスを揺らして精液を噴き上げた。痙攣が止まらない。腿の内側が震えたまま、彼のモノをさらに食い締めてしまう。 「やだ……。やめろっ! 離れろ、優吾!」  想像を絶する快感に恐怖を覚えた稔は、悲鳴ともつかない声をあげた。しかし、優吾は何かに憑りつかれたかのように腰を打ち続ける。これでは、本物のレイプと変わらない。でも、それを望んだのは稔自身だ。 「いや――っ、奥……壊れ、るっ。頭、おか……しく、なる!」  最奥ばかりを攻める優吾の背中に、稔は思い切り爪を立てた。主導権を奪われる恐怖に、自虐ではなく本当に肉便器に堕ちたように思えてくる。  優吾は本気で壊す気なのだ。稔の体も精神も、心も――そして、友達という関係も。それを望んだのは稔の方だった――のに。  稔の白い腹に幾度となく散った精液が、重なった優吾の腹に擦られ広がっていく。何度叫んで拒んでも、優吾は最奥にディープキスを繰り返した。瞼の裏で白い火花が散る。その度に頭の回路が焼き切れそうなほど、激しい衝撃と快感を送りこんで来る。情報過多で上手く思考が纏まらない。それどころか、最奥で迸る優吾の灼熱を受け止めただけで、簡単に意識を飛ばしていた。  何度も体位を変え、稔が優吾の上になった時、初めて優吾が口を開いた。結合部を見せつけるように両脚を広げたまま腰を振る稔を見つめ、彼は吐息まじりに言った。 「――そうやって、今までに何人の客と寝たんだ?」 「知るかっ。いちいち、数えてなんか……いないっ」 「じゃあ……。この腹の中に、どんだけの精液をぶちこまれた?」  稔の白い下腹部を掌で押えた優吾は、何かを確かめるように力を込めた。すると、中にある彼の楔が粘膜にピッタリとフィットし、その形がハッキリと分かった。血流と共に質量を増すペニスが脈打つ様子も分かる。稔は熱い吐息を漏らしながら、羽枕に凭れている優吾を睨みつけた。 「お前に答える必要はないっ。おしゃべりをやめて、もっと腰を突き上げろ……あぁっ!」  稔が言い終わらないうちに、優吾は彼の細い腰を掴み寄せると、自身の腰を思い切り突き上げた。ただでさえ自重で深い場所に入っているそれが、さらに奥の括れを広げる。腰の奥から背筋を通って痺れたように感覚を奪っていく。そのかわりに得も言えぬ愉悦を植え付け、起こしている上体が大きく傾いだ。その身体を受け止めた優吾は、なおも抽挿を続けながら言った。 「お前が望む通り壊してやる。もう、他の男とセックス出来ないようにな……」 「なっ! 誰がお前なんかに……っ。っふあ――あぁぁっ!」  稔の背中が弓なりに反り返り、サラリとした粘度の少ない精液が優吾の腹を汚した。もう何度目かも分からない絶頂を迎えた稔の中が収縮し、優吾のペニスを一際強く食い締めた時、優吾も低い呻き声をあげて達した。  稔を抱きしめたまま繋がりと解くと、優吾が吐き出したモノがぽっかりと大きく口を開けたままの後孔からトプリと音を立てて溢れ出た。わずかに血が混じった白濁はシーツに流れ落ち、優吾の脚の間で液だまりを作った。 「稔……?」  ぐったりとしたまま浅い呼吸を繰り返している稔に声をかけたが、彼は目を開けることはなかった。優吾は上に乗ったままの彼を押し退けるようにベッドから下り、シャワーを浴び身支度を整えると、財布から数枚の札を引き抜き力なく横たわっている稔に投げつけた。  狭い部屋には淫靡な匂いが充満している。その匂いに顔を顰めた優吾は、憐れな者を見るような目で彼を見つめた。 「客に抱き潰される男娼がどこにいるんだよ。何が女王だ……」  吐き捨てるように言った言葉の端々に怒りとも悔しさともつかない、やりきれない感情が滲んでいた。それもそうだろう。優吾は友達を抱いた。しかも相手は高校の同級生で、男だ……。  離れてから彼の事ばかりを考えていた。両親への反発は時期が来れば落ち着くだろうと思っていた。それなのに、未だにこんなバカげた真似をしていることに驚きを隠せなかった。それだけではない、稔には生涯を共に誓った伴侶がいる。  不特定多数の不倫相手――『スブ・ロサ』の客は皆、そう言われてもおかしくはない。稔の結婚相手がどんな人なのかは分からない。もしかしたら、性的な行為に淡白で夜の夫婦生活がないのかもしれない。だが、稔がこうやって外で見知らぬ男を相手にセックスに明け暮れている事を知ったらどう思うだろう。それに、感染症のリスクもある。今日のようにコンドームを着けずに客とすることがあれば、そのリスクは跳ね上がる。  優吾は、稔に煽られ余裕をなくしたとはいえ、コンドームを着けなかった事を後悔した。それは感染症を危惧したわけではない。友達だと思っていた彼を穢してしまったという罪悪感からだった。そして、こうしている今でも、彼を信じて帰りを待っている伴侶の事を思うと、居たたまれない気持ちになってくる。十年ぶりに再会し、不倫という形で彼と繋がってしまったこと――望んでいたのはこんな結果ではなかったはずだ。  うつ伏せのまま眠る、稔の双丘の間から絶え間なく流れ出る自身の精液を見つめ、優吾は髪を乱暴にぐしゃりとかきあげると、ため息まじりに毒づいた。 「変わってない。お前は何も変わってない……。だから、目が離せないんだよっ」  床に落ちていた薄い布団を稔の体の上に放り投げると、優吾は小さく吐息してドアを開けた。静寂が広がる廊下にドアのラッチが閉まる音が響く。それを聞き終えてから、優吾は足早に部屋をあとにした。  *****  翌日、優吾は何食わぬ顔で保健室に姿を現した。  そんな彼を一瞥しただけで、稔は自分から口を開くことはなかった。  体を動かすたびに痛みを発する節々、鉛のように重い体。長年蓄積した心の澱がさらに増えたような気がして、出来ることなら顔も合わせたくなかったし、正直なところ学校に来る事も躊躇した。  自分の中で友達であり、心の拠り所であった彼と繋がってしまったことで、それまで保たれていた均衡が大きく傾いた。いや、事態は稔が思っているより深刻で、状況はもっとひどい有様になっているのかもしれない。  稔は、いつものようにすぐそばに置かれた丸椅子に腰かける優吾の気配を感じながら、自然と体中に力が入ってしまうのを止められなかった。これは防御反応……。一方的ではあるが、恋心まで抱いた相手を警戒するようになったら、もう終わり――そう思った。 「――稔」  大きな窓から陽射しが降り注ぐ午後。少し離れた場所にある校庭からは、賑やかな声が聞こえてくる。  パソコンで資料を作成していた稔は、優吾の顔を見ずにキーボードを打つ手を止めた。  少し掠れた低い声は昨夜の情事を思い起こさせる。普段は冷静で、真面目を絵に描いたような優等生が、劣情に煽られるまま野獣のように稔を犯す様を誰が想像できようか。引き締まった肌に汗を浮かせ、目を逸らすことなく乱れる稔を見つめて腰を振る……。  淫乱で、欲望に抗えない愚かな人間を蔑めばいい。そして、自分の弱さのせいで道を踏み外したことを笑えばいい。  稔は明るい栗色の髪をサラリと落として、ゆっくりと優吾の方を見た。眼鏡越し、いつもと変わらないはずの彼が、まるで違う世界の人間に見えてくる。 「いつから……。いつから、あんな事をしている?」  言葉を選ぶように問うた優吾に、稔は自嘲しながら言った。 「さぁ。覚えてない。気がついたらお金貰って、客の上に跨ってた」 「茶化すな。俺は真剣に聞いているんだ。お前、俺に何かを隠しているだろう? 言えないこと、あるんじゃないのか?」  優吾のお節介が始まった。自分の事より、まず他人を心配する。それが悪いとは言わないが、いつか自分が不利になることが必ずある。その時初めて、自分が善意で行ってきたことが相手を不幸にしていると気づくだろう。そういう事に関しては鈍感で、度を越したお人好しである優吾の方が逆に心配になってくる。 「――前にも言ったが。どうして、お前に話さなきゃならない? この学校に着任して一ヶ月、ただの同僚というだけで、なぜそこまで問い詰められなきゃならない?」 「友達なら、心配するだろ?」 「友達? それはお前が勝手にそう思っているだけ。――なぁ、夕べのことはお互いなかったことにしておこう。下手に話を大きくされたら俺もやりづらくなる。それにお前だって、都合悪いことになるんじゃないのか? この学校に長く勤めたいなら、余計なことはしないことだ」  実に利己的で冷たい言い方だということは、十分すぎるほど理解している。でも稔は、これ以上自身の領域に足を踏み入れてほしくなかった。聖域に飛び込むことを自ら拒絶し、茨の道をあえて選んだ。それなのに、眩いほどの光を纏った優吾が手を差し伸べてくる。  今の稔にとって、悪魔の囁きよりも魅力的で、これから先の未来、穏やかに生きられるという保証も約束されている。でも、その手を払いのける事しか出来なかった。  自分の弱さを曝け出し「助けて」と懇願すればいい。そして、素直に十年前から優吾のことが好きだったと告白すればいい。どれだけ楽になれるだろう。客に抱かれるたびに蓄積していく、後悔と心の澱が一瞬で消えてなくなるのなら、すぐにでも優吾の胸に飛び込みたい。 「――お前は、それでいいのか?」  優吾の言葉に、稔は眼鏡のブリッジを押し上げながら眉根を寄せた。 「余計なお世話だと言っているのが分からないのか。優吾……お前、頭がいいくせにそういうところは鈍いんだよ。高校の時からそう思ってた……。バカ正直で、ホント見てるだけでイライラする。仕事の邪魔だ、出て行ってくれっ」  我ながら辛辣だと稔は思った。傲岸不遜な女王気質――一度はナリをひそめたはずだったのに、あの仕事を始めてから、こうしていないと自我を保っていられない。自分がすることに文句を言われる筋合いはない。まして、それをやめろと言われることは稔を完全否定することと同じ……。  優吾との話し合いは平行線を辿っている。毎日、同じことを聞かれ、同じように保健室から追い出している。これがルーティン化する前に、優吾との距離を出来るだけとるようにしなければ、彼に後ろめたさを抱き続けている稔自身が逆に追い詰められてしまう。 「用がないなら、ここには来るな。迷惑だ……」  トドメの一撃と言わんばかりに、稔は語尾を強めて言い放った。優吾は、ため息を吐きながらゆっくり立ち上がると、素直にドアの方へと歩き出した。ふと、足を止めた彼に怪訝そうな視線を向けた稔は、呟きにも似た優吾の問いに息を呑んだ。 「――客とはキスしないのか? 夕べもそうだった……」  稔は心の奥底に鍵をかけてしまってある場所を覗かれたような気がして、戸惑いを隠せないまま顔を背けた。 「気分次第だ……。したくなったら、する」 「そうか……」  この答えで優吾が納得したとは思えない。でも、それ以上彼は何も言うことなく、保健室を出て行ってしまった。  稔はホッと息を吐くと同時に肩の力を抜いた。そして、自身の唇に触れて目を閉じた。 『口は災いのもと』と言うが、喋るだけが災いを呼ぶわけではない。互いの粘膜を触れ合わせ、動きや息遣いによって感情を読み取られてしまう場所。もし無防備な状態でキスを許してしまったら、自身の弱さを知られそうで怖い。それは優吾だけに限らず、他の客も同じだ。自身が優位に立ち、この体を欲する者を傅かせるには、弱さは最大の弱点となる。それを知られれば、相手につけ込まれ立場が逆転する。  そして、もう一つ――。  稔には密かに自戒があった。最後の最後まで守りたい鉄壁の要塞――と言ったら、大袈裟だと笑われるかもしれない。しかし、稔にとってはそのくらい重要な意味を持っていた。  優吾に対し、自身が抱く想いを告げないという戒め。自らオアシスを壊し、聖域を土足で踏み荒らして優吾との関係を崩した。どの口が言う?――と、稔自身も自嘲することしか出来ない。ただ、十年前に言えなかったこと――いや、正確には十年以上密かに思い続けて来た優吾への気持ちを今、言葉にしてしまったら、間違いなく今よりももっとツラくなると分かっているから。  友達という関係を自ら壊し、さらに体まで繋げてしまった稔に残された、たった一つの自戒。  優吾とは離れたくない。たとえ、気まずい時間が増えようと、ただ同じ空間を共有し、気配を感じられればそれでいい。  彼が同じ学校に赴任してきたことが運命のいたずらであるとするならば、その運命の流れに身を任せるのも、また運命だと思っている。  ここ数年、客とはキスをしていない。最後に、稔の唇に触れたのはあの男の唇だった。いつものように「愛している」と囁いて、彼は稔の前から姿を消した――。  デスクの傍らに置かれたスマートフォンが着信を知らせる。その画面に視線を向けた稔は小さく吐息して、無視を決め込んだ。アドレス未登録の番号は、毎回異なったナンバーでかかってくる。しばらくして振動が止まると、やり場のない怒りをぶつけるように自身の髪を何度もかきあげた。  左薬指に嵌められたリングが稔の額に当たるたびに、その冷たさと自身の不甲斐なさに堪えていたものが溢れそうになる。 「どんだけ俺を苦しめれば気が済むんだよ……」  眼鏡を外し、ぐしゃりと前髪を掴んだ稔は俯いたまま、細い肩を微かに震わせた。

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