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【9】

 優吾のマンションでシャワーを浴びた稔は、彼のベッドに浅く腰掛けたまま、薄暗い部屋の中を見回していた。前回来た時は、こんなにゆっくりと部屋を見る余裕などなかった。あまり物がない、でも殺風景とはちがう優吾の部屋は微かに煙草と愛用している香水、そして甘さを含んだインセンスの香りがした。皺ひとつないシーツでメイキングされたベッドも、彼の性格がよく表れている。 「――あれ? 先に寝てろって言っただろ?」  いつバスルームのドアが開いたのか気づかずにいた。濡れた髪をタオルドライしながらミネラルウォーターのボトルを手にした優吾は、驚いた顔で稔を見つめた。 「そのベッド、使っていいから。俺はソファで寝る。おやすみ……」  歩きかけた優吾の手を咄嗟に掴んだ稔は、唇を噛んだまま俯いた。ここに来るまでは、まるで恋人同士のようだった。でも、シャワーを浴びた瞬間、他人同士になってしまったような気がして稔は困惑した。 「稔……?」 「ど……して? ここでなら、問題を起こしても……いいんだぞ?」  こんな誘い方は初めてだった。いつもなら傲岸な態度で相手を押し倒すぐらいのことをしてきた稔が、優吾の顔色を窺いながらじっと待っている。 「――梅津にあんなことをされたあとで、出来ないだろ」  優吾の大きな手が稔の頭を撫でた。まるで子供をあやすかのような優しい声音に、稔は何度も首を横に振った。彼の心遣いは嬉しい。だが稔にとって、それが腹立たしい時もある。 「――がう。違う……」 「何が違うんだ?」  逆に問われ、稔は口篭もった。梅津にされたことは稔の中に恐怖の記憶として植え付けられた。だが、その直後に自身を救ってくれた優吾の愛に触れ、稔はそれをなかったことにした。もう、客と男娼という関係ではない。想いが通じ合った今、優吾の肌に触れたいと思うのは浅はかで淫らなだけの想いなのだろうか。 「そばに……いるって、約束した……だろ」 「した」 「じゃあ、俺のそばにいてっ」  少し困ったように眉根を寄せながら天井を仰いだ優吾は、大きなため息と共に稔の細い腰を抱き寄せた。 「分かった……」  ミネラルウォーターのボトルをテーブルに置き、濡れたタオルをソファに投げた優吾は、自身のベッドに腰を下ろすと壁際に移動した。 「さすがに男二人は狭いよな」  苦笑いしながら枕に頭を預ける優吾を見ながら、稔は彼に背を向けたまま横になった。首元まで布団をかけた優吾は、仰向けのまま言った。 「明日、少し早目に出ようか。保健室の掃除……手伝うよ」  静かな部屋。廊下沿いにあるバスルームからは、洗濯機のくぐもったモーター音が聞こえる。稔の汚れた衣服を洗濯してくれた優吾は「朝までには乾く」と断言した。洋服が乾いたら、この部屋を出て行く。いっそ、洗濯機なんて壊れてしまえばいい――稔は思った。  優吾の顔を見なくても、気配を感じるだけで心臓が高鳴る。だんだんと大きくなるその音が聞こえてしまいそうで、稔は誤魔化すように少し大きな声を発した。 「あのさ、優吾――っ」 「指輪、外したんだな……」  稔の言葉を遮るように優吾の声が重なった。胸元で、左手を握りしめた稔は小さく頷く事しか出来なかった。高成に言われて外したといえば、きっと優吾は機嫌を悪くするだろう。かといって、理由を聞かれても何と答えればいいのか分からなかった。 「植山のこと……もう、いいのか?」  掠れた優吾の声が稔の胸に突き刺さる。彼は稔が指輪を嵌めていた、本当の意味を知らない。 「指輪は捨てた。店も辞めた。植山のことも借金のことも……高成さんのお陰で何とかなりそうだから」  高成から聞いた優吾の両親のこと。もしかしたら彼の古傷を抉ってしまうかもしれない。でも、稔は優吾の口から真実を聞きたかった。でも、それを聞くにはまず自身の事を話さなければならない。顔を見ずに話すことはフェアではないと思ったが、今だからこそ全部を打ち明けられるような気がした。 「優吾……。俺、左手の薬指に嵌める指輪の意味――本当の意味を知らずにいた」 「稔?」 「植山に「愛してる」って言われて、一緒にいてもいいかな……ぐらいの気持ちで受け取った。でも、それが後になって、逃げられないようにするための枷だったことを知った。想いを逆手にとって、アイツは俺を縛り付けて支配しようとした。あの指輪に最初から愛なんてなかった」  背後で優吾が身じろいだことに気づく。それでも稔は、振り返ることなく続けた。 「植山に裏切られたと知った時、俺は指輪に自戒を込めた。ずっと好きだった人を忘れようとして植山に近づいた自分の過ち。でも、その罪を償い終えたら、まっさらな気持ちでその人に想いを告げよう……って。もう会うことはないかもしれない。もしかしたら、結婚して幸せな家庭を築いているかもしれない。それでも……いつか、忘れることが出来なかった想いを彼に伝えようって。バカみたいだろ……。そんなくだらない理由で、既婚者を演じてたんだぜ? おかげで、誰も近づいては来なかったけどな……」 「稔……」 「でもさ。生涯の愛を貫くって並大抵のことじゃ出来ないなって分かった。誓いの言葉なんて、口先だけで何とでも言える。婚姻届だって名前書いてハンコを押すだけ。お互いの想いが死ぬまで続くかって言えば、そうじゃない。人の心は移ろうものだって……。今は、それが当たり前みたいになってる」  稔は、うなじに優吾の息遣いを感じて、小さく身震いした。先程よりも距離を縮めてきた優吾の胸が、時折背中に触れる。彼の体温をシャツ越しに感じて、小さく息を呑んだ。 「――男女でもそうなんだから、男同士なら尚更だよな。契約も保証もない。それでも、一緒にいたいって思う人がいる。今度はその人に枷を嵌めてもらうんだ。絶対によそ見しないように……何があっても、その人だけを愛するようにって。まっさらで、一途な愛なんて……この世界に存在しないんだろうけどな」  チュッと小さな音を立てて優吾の唇が稔の首筋に押し当てられる。ジン……と痺れるような痛みと疼きを持ったキスに、稔は動揺を隠すように声を荒らげた。 「しないんじゃなかったのか?」 「――高成さんから聞いたんだろ? 俺のこと……」 「何のことだ」  大きく跳ねた心臓を拳で押さえつける。自ら望んでいたことなのに、いざ優吾がその話をすると分かった瞬間、全身に力が入ってしまう。優吾にしてみれば思い出したくもない過去。でも、稔に話すことによって何かが変わるというのならば、黙って受け入れようと思った。 「俺の両親のこと。外で愛人作って、母をさんざん悲しませてきた挙句に死に追いやった親父のことは今でも許していない。でも、いざ自分があの人と同じことをしてしまったのかもしれないと思った時は、本当に苦しかった。――ずっと、ずっと思い続けて来た人と体を重ねたのに、どうしてこんなツラい思いをするんだろうって」  優吾から借りたTシャツの裾から冷たい手が滑り込んで来る。優吾の手が遠慮がちに稔の肌をなぞり、ビクンと反応するたびに壊れ物に触れたように離れていく。 「お前が既婚者じゃないって分かった時、膝が崩れ落ちそうなほど安堵した。好きなのに、これ以上好きでいることを許されない。でも、一度知ってしまった体は欲しくて堪らない……。誰かを犠牲にしても手に入れたいと思っている俺がいた……から。優等生なんかじゃないんだよ……。俺は、お前のためなら人を死に追いやってもいいと平気で思える男なんだよ。でも――」  不意に言葉を切った彼は、稔の肌の感触を確かめながら後ろから腰を抱き寄せた。 「今はこうやって俺の腕のなかにいる。もう、想いを誤魔化すことはしない。男同士だって……永遠の愛を誓ってもいいだろ? 死ぬまで……お前と一緒にいてもいいだろ?」 「優吾……」 「お前が嫌だって言っても、絶対に逃がさない。十年以上、想い続けて来たんだから……これから先も変わることはないって断言する」  稔の臀部に硬いモノが押し当てられる。優しい言葉で気遣っていても、体は何よりも正直だ。決して言葉には出さない優吾の劣情を知り、自身が愛されている事を再確認する。稔は密かに胸を撫で下ろした。 「――それって、相当な覚悟がいるよな。たった一人だけを見つめていくって……ある意味、死ぬより大変かもしれない。でも、俺みたいな男には、そういう相手の方がいいのかもしれない。単純だけど……誰かに想われているって思うだけで強くなれる」 「そういう相手って具体的に誰だよ……」  背後から稔の耳朶にやんわりと歯を立てた優吾の声が変わった。艶を帯びた声は稔を誘うように鼓膜を震わせ、腹を撫でていた手は胸の突起を掠めた。 「ん……ふっ。言わせんなよっ」 「あぁ……。梅津のヤツ、もう一発殴っておけば良かったな」  忌々しげに呟いた優吾に、稔は勢いよく布団を蹴り上げて上体を起こした。 「そうだ! お前っ、大丈夫なのか? 助けるためだったとはいえ、教頭殴るとか……。学校、クビになるんじゃ……っ」  どうして気づかなかったんだろう。冷静になった頭が事の重大さを稔に知らせる。たとえ正当防衛だと言っても、梅津を殴ったことは否めない。 「――大丈夫だ」  余裕ありげに笑う優吾に、稔は自身の髪をかきあげて唸るように言った。 「大丈夫じゃねーだろ。俺のせいでお前が無職になるの……耐えられない」 「だから、大丈夫だって言ってるだろ。いずれ分かることだけど、お前にだけは先に言っておく。理事長は俺の伯父なんだ。母の兄で、俺が教師になりたいって思ったのは、彼の教育に対する情熱を間近で見ていたから」 「伯父……?」 「あの学校に来たのも、伯父の声がけがあったから……。まさか、お前がいるとは思ってなかったから、本気で驚いたけど。梅津のことは、同じ教材費の金額が毎回変わっていると不審に思った経理部からのリークで発覚した。それを調べているうちに風俗通いが発覚したってわけ。でも、お前――ロフティを狙ってたのは俺も気づかなかった。どんだけ罪造りな男娼だったんだか……」  責めるような、恨むような……優吾の視線に耐えきれず、稔は顔を背けた。梅津だけに限らず、そういう思いをさせてきた客は大勢いる。いつ、何をされてもおかしくない、下手をしたら事件に発展するギリギリの状況だったのかもしれない。 「さぁな……。でも、良かった……」 「なにが?」 「また、お前と離ればなれになるとか……あり得ないだろ」  優吾の腿にそっと手を置いた稔は、スウェットパンツに浮かんだ下着のラインをゆっくりと指で辿った。その中心は大きく膨らみ、先程感じたよりも力を増しているようにも見える。 「――ってか、なんで勃ってんだよ」 「男だから」 「お前、それでも国語の教師か? もっと情緒ある文学的表現とか出来ないのかよ」 「簡潔明瞭……。この状況で文学的な表現、いる? お前とセックスしたい――それじゃダメか?」 「エロ教師っ」  呆れながらも稔の口元は緩んでいた。優吾の手が、稔の胸元に伸びる。シャツ越しに、さっきの愛撫で膨らんだ胸の突起に触れると、稔は小さく息を詰めた。 「ここも勃ってる……。下は、どうなってる?」 「知るか……っ。自分で……確かめれば、いいだろっ」 「素直じゃないなぁ……。ここに来てからずっとシたそうな顔してただろ? 俺の気遣いなんか、てんで無視っ」  正確にはあの廊下でのキスが引き金になり、この部屋に来る前からずっと欲情していた。隠しているつもりはなかった。だが、そういう雰囲気にならなかったことに少々焦りを感じていた。図星をさされ、稔は小さく舌打ちすると、胸の突起を転がしていた優吾の手を払い退け、彼の腿を跨ぐ様に馬乗りになった。そして、ベッドを軋ませて体を上の方に移動させ、真上から優吾を見下ろした。 「もう、ロフティはどこにもいない。優吾……俺が欲しい?」 「欲しいよ……。稔の体も心も、全部……」  稔はかけていた眼鏡を外すと、ナイトテーブルに投げた。傲岸不遜な女王の素顔……。それは十年前とそう変わってはいなかった。 「眼鏡、ない方がいいな……」  両手で稔の頬を挟み込んだ優吾が嬉しそうに笑った。そこにあったのは優吾のよく知る稔の姿だった。歳を重ねてきたにもかかわらず、その本質はあの時のまま止まっている。言い方を変えれば、幼稚な自分を隠すために大人びた言動を繰り返していただけのこと。でも今は、何も偽らない自分を見て欲しかった。  稔は腰を浮かせ、自身が穿いていたスウェットパンツと下着を指を引っ掛けて引き下ろすと、もどかしげに片脚を抜いた。冷えた部屋の空気に触れた自身が小さく跳ね、その先に溢れた蜜を優吾の腹に落とした。そして、シャツも脱ぎ捨てた稔は、生まれたままの姿で薄い唇に笑みを湛えて言った。 「もう、何も隠さない……。俺はお前が欲しかった。ずっと、ずっと前から……お前のことが好きだった」  薄闇に浮かぶ稔の白い肌は、わずかな光源に輝いて見えた。その細いラインを確かめるように、優吾の手が肩から胸、腹からその先にあるモノへと動いていく。たったそれだけで息が上がる。どれだけ優吾を求めてやまなかったか、今更ながら自身の貪欲さに呆れた。 「やっと聞けた……。お前の気持ち……」 「俺と、出逢ったことを後悔するなよ……」  すっと目を細めて挑むように言った稔の左手を掴み寄せた優吾は、今は何もなくなった薬指に唇を押し当てた。 「後悔なんかするもんか……。お前こそ……後悔するなよ」 「するわけないだろ……。もう、お前以上の男に出逢える気がしない……」  稔の体が優吾の胸に重なる。冷えた肌が互いを引寄せるようにピタリと吸いつく。高鳴る心臓の音が心地よいリズムを刻み、ごく当たり前のように唇が重なった。舌を絡ませながら吐息の狭間で囁く。 「愛してる……」  稔が身じろぐたびに甘い香りが揺れた。懐かしく、そして心を満たしてくれる綿菓子の香り。稔が心を開いている証拠だと都合よく解釈してきた優吾だったが、それがまんざら嘘ではなかったと確信する。稔もまた、自身の体が甘く香っていることに気づいていた。それは決まって、彼のそばにいる時だった。  嘘や誤魔化し、体裁を保つための綺麗な言葉。口から発せられるものがすべて真実とは言い切れない。でも、言葉にしなければ伝わらないこともある。自身がそうだと信じてやまなかったその場所は虚無の世界。蜃気楼に揺れるオアシスを手探りで探す日々。  稔は想いを告げた瞬間、本当のオアシスを見つけたような気がした。そして、逃げ場として認識していた聖域が、どこまでも清らかで尊いものだと知った。  優吾の指が稔の蕾を引っ掻いた。思わず漏れてしまった声に頬が熱くなる。愛する人とのセックスがこれほど心地よく、そして羞恥を抱くものだと初めて知った。二人の吐息が重なる。そして笑みの形をした唇が触れ合うたびに、体が歓喜に震えた。 「離さない……。もう、離れない……」  優吾の声と力強い腕に包まれた稔は、そのまま快楽の海へと身を投じていった。  ***** 「あぁ……も、そこばっか……いやぁっ」  もう何度達したか分からない。腹の奥に出された回数も覚えていない。それでも優吾は、赤く熟れた蕾の浅い場所を萎えぬ灼熱の楔で何度も擦りあげた。隣の部屋に聞こえるのではないかと思うほどの嬌声を上げ、細く白い身体を妖しくくねらせた稔は、片脚を彼に抱き込まれたままビクンと体を震わせた。  もっと深い場所を思い切り突いて欲しい。その太い先端で抉るようにかき混ぜて、優吾しか知らない最奥に熱い迸りをぶつけて欲しい。焦れた稔は、しがみつく様にシーツを引寄せると、腰を捩じって尻を優吾の方に向けた。下肢からは浅い場所を擦るクチュクチュと濡れた音が聞こえてくる。涙に濡れた目で肩越しに優吾を睨み、息を弾ませながら言った。 「ゆ……ご、の意地悪っ」 「気持ちいいだろ? 入口がヒクヒクして……俺のを咥えこんで離さない」 「ちが……っ。そこ、じゃ……ないっ。もっと、奥……奥が……いいって、言ってんだろっ」 「そういうことはハッキリ口に出して言ってくれなきゃ……。俺、鈍いから……」  惚けたフリを貫き通す優吾に苛立ちを覚え、稔は抱え上げられたままの脚をバタつかせた。だが、優吾の腕はそんな攻撃に倒れるほどヤワではなかった。たしなめるように目を細めて稔を睨んだ彼は、脹脛に舌を這わせた。 「やめ……っ。んぁ……ゾクゾク、するっ」  腰を揺らすたびに、はしたなく白濁混じりの蜜を溢れさせる稔のペニスが跳ねた。全身をくまなく舐められ、恥ずかしい場所にも舌を挿れられた。そして今は、繋がっている場所を優吾に見られている。たったそれだけで、稔は愉悦に浸れた。彼と触れ合っているだけで幸福感が全身を包み込んだ。 「中……うねってる。そんなに気持ちがイイのか?」 「イイ……ッ! きも……ち、いいって……言ってん、だろっ」 「もう少し奥まで突っ込めば、稔のイイ場所に当たるんだよな? それよりも、もっと深い場所がいいのか?」  優吾の楔が出入りするたびに、何度も出された白濁が茎に纏わりついたまま引き出され、それが糸を引きながらシーツに落ちていく。耳を塞ぎたくなるようなヌチヌチと卑猥な音を立てながら腰を揺する優吾もまた、時折天井を仰いでは細く長い息を吐き出している。  そろそろ絶頂が近い合図だ。腰使いも先程より早くなっていく。このまま浅い場所で出されてしまうのかと思うと、稔は悔しさに奥歯を噛みしめた。 「優吾っ! いい加減に……しろっ。俺は……まだ、イキたく、ないっ」 「何をイラついているんだ? ほら、体は素直だぞ?」 「だからっ! 奥がいい……って、言ってんだろ! 奥だよ……もっと奥っ」  ロフティとして繋がった夜。初めて受け入れた優吾のペニスは稔の最奥――S字結腸まで届いていた。その括れた場所を突くように優吾の硬い茎が押し込まれると、何とも言えない愉悦に全身が震えた。それを知っているからこそ求めてしまう。背徳感を抱きながらするセックスとは違う。今は、やっと見つけたオアシスに思い切り飛び込みたい一心だった。  稔は切なげに短い呼吸を繰り返した。時折混じるのは、声にならない喘ぎ。それを聞いた優吾は、片方の眉を思わせぶりにあげて見せると、荒い息を繰り返しながら言った。 「ちゃんとオネダリして。俺は女王様には逆らえないんだから……」  優吾の手が宙ぶらりんになっていた稔のペニスを捉えた。力を持ったそれを手で包み込み、上下に扱き上げると、稔の声が甘いものへと変わっていく。 「や……はぁ、はぁ……きも、ち、いい! ――んあっ」 「中がキュッて締まってきたな。締めつけられて――っく! チンコが食いちぎられそうだ」 「食ってやる……から、さっさと……突っ込めっ。あぁ……も、優吾……あぁ、あっ」  先端から溢れた蜜が優吾の手を汚していく。自然と腰が揺れ、絶頂の扉が見えているにも拘らず、あと一歩決定的な快感が得られずに足踏みを余儀なくされている。そんな稔のくるぶしに、優吾がキスを落とした瞬間、体の力が抜けた。それを見逃さなかった優吾は、一気に深い場所まで腰を叩きつけると、稔の最奥の括れを突いた。 「っふ――あぁぁぁっ!」  ビクンと打ち上げられた魚のように大きく跳ねた稔の体が、優吾のペニスを根元まで咥えこんだ。互いの下生えが重なり、たっぷりとした陰嚢が揺れながら擦れ合う。脚を大きく開いているせいで、難なく優吾のモノをすべて呑み込む。茎の根元で薄い粘膜の襞が目一杯引き伸ばされわずかな痛みを感じたが、稔はその何十倍にも匹敵する快感を最奥で味わっていた。 「あぁ……あ……入ってる。優吾の……が、奥で……ドクドク……してるっ」  顎を反らせ、背中を弓なりにしたまま片脚をあげる稔。シーツに投げ出されたままのもう片方の脚が、優吾の腰使いに合せて擦れるのも堪らなく気持ちがいい。蕾から抜け落ちてしまうのではないかというギリギリのところまで引き抜いては、前立腺を擦りながら最奥の括れにキスを繰り返す亀頭。大きく張り出したカリが中の粘膜を愛撫しながら行き来する感触は、稔の思考を一瞬で砕いていく。真っ白になっていく頭の中で、優吾の息遣いと自身の心臓の音がシンクロし、恍惚状態へと導かれる。 「もっと、突いて……奥に、ちょ……らい。優吾の……精子……いっぱい、ちょ……らいっ」  喘ぎ過ぎて喉が痛い。呂律もだんだん回らなくなっている。稔は、優吾のモノが中でいい場所に当たるように、自ら腰をユラユラと揺らした。 「エロい腰……。孕ませて……誰にも触らせたくないなっ」  稔のペニスを扱く手の動きが早くなっていく。親指の爪で蜜が溢れる鈴口をぎゅっと塞がれ、稔は涎が溢れるのも構うことなく口をパクパクさせた。声にならない声が漏れ、強烈な射精感が稔を襲う。同時に、彼の中に沈められている優吾のペニスも質量を増し、射精準備に入ったことを知る。 「はぁ……はぁ……稔……イキそうだっ。出して、いいか? お前の奥に……精子、出して……孕ませていいかっ?」 「ら……してぇ。ゆ……ごので、いっぱい……に、しれぇっ。あぁ……イク……イクッ」 「――あぁ。はっ、はっ。稔……出すぞ……っ。っん――ぐあぁ!」 「そこ、そこ、そこ――っ! あぁ……イク、イ……クッ! ふぁぁぁぁぁ――っ!」  稔の最奥で優吾が爆ぜた。それと一緒に彼のペニスも白濁を吹き上げていた。優吾の手に粘度のない精液が流れ、シーツに落ちていく。  体の奥の奥、一番感じる場所に灼熱の奔流を叩きつけられた稔は、背中を弓なりに反らせ、全身を小刻みに痙攣させた。彼に抱えられた脚先はピンと伸び、茎を咥えこんだままの蕾はヒクヒクと激しく収縮を繰り返している。優吾の精力には驚かされる。あれだけ出してもなお、射精量が変わらない。すべてを吐き出し、腰を揺すりながら凶暴な楔を引き抜く。稔はその振動だけで、もう一度小さくイッた。大きく広げられた薄い粘膜は閉じることが叶わず、収縮しながらコポッという音を立てて精液を溢れさせた。  ぐったりと力なくベッドにうつ伏せた稔は絶頂した瞬間に意識を失っていた。その身体に覆いかぶさるように重なった優吾に気づき、しばらくして重い瞼をゆっくりと開けた。汗ばんだ背中にキスを落としていく唇が心地いい。  カーテンの隙間から薄っすらと光が漏れ、もう朝が近いことを知る。稔は乱れた髪をかきあげながら、彼を退けるように重怠い腰をわずかにあげた。力むたびに、糸を引きながら滴り落ちる優吾の精液に小さく吐息しながら体を起こすと、傍らで片膝を立てたまま苦笑いを浮かべる優吾を見た。  今までにない強烈な雄の色香を放つ優吾の姿に、稔は息を呑んだまま目が離せなくなった。 「殺されるかと思った……」 「――後悔するなよって言っただろ?」 「大人しそうな顔して、どんだけ出してんだよ……。この絶倫教師……っ。腰、痛ぇ……」  眼鏡を取ろうと、ナイトテーブルに伸ばした稔の手を優吾が掴んだ。そして、まだ文句を言い足りないと口を開きかけた稔の唇を塞いだ。それは獣のように貪るキスとはまるで違っていた。触れては何度も啄み、舌先で稔の機嫌を窺うかのように唇をノックしてくる。そのノックに応えるように、わずかに口を開くと優吾の舌がするりと滑り込み、ねっとりと舌を絡ませてくる。息苦しささえ覚える濃厚な口づけ。小さく喘いだ稔に気づいて優吾が唇を遠ざけた。 「――嫌なことは夜明けと共に全部終わった。これからはいいことしか起こらない」 「なんだよ、それ……」 「長かったな……って思ってさ。俺の片想い……。やっと恋人になれた」  稔も、優吾と同じことを考えていた。長く抉らせた恋は実らない――半ば諦めて生きてきた。でも、互いを想う気持ちに間違いがなければ、遠回りしてもいつかは巡り逢うことが出来る。  優吾は真剣な眼差しを稔に向けると、深く息を吸い込んだ。そして、稔の左手を恭しく持ち上げ、細い指に唇を寄せて言った。 「生涯、あなただけを愛することを誓います……」 「優吾……」 「どんなことがあっても、お前を守る。もう、離れることはない……」  いつの時も、笑顔で話しかけてきた彼の横顔が重なる。でもあの時と違うのは、人知れず抱えていたものがなくなり、代わりに大切な物を手に入れたという幸福感。身軽になった体を寄せ合い、一途に想い続けて来た人を見上げ、稔は溢れてきた涙に少しだけ俯いた。 「稔?」  心配そうに覗き込んだ優吾の手を握りしめ、稔は声を震わせた。 「――誓います。死が二人を分かつまで……。いや、死んでも……離さないから、なっ」  不毛な関係と言われても構わない。いつか、この関係が認められる日が来ると信じて……。  カーテンから差し込む朝日が徐々に大きくなっていく。二人の誓いを祝福するかのように、光の粒子が薄暗い部屋にキラキラと舞う。それに手をかざしながら、二人は泣きながら笑った。

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