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第3話
「ごめん、佐倉」
「ん?」
「昼飯、食いはぐったんじゃ……」
「ああ……そうだね。じゃあ、今から外に付き合ってよ」
腕から手を離して、そのまま階段を下りていく。
手早く定食を出してくれる、はす向かいの小さな食堂なら、今からでもなんとか昼休みが終わるまでに食事ができるだろう。
一瞬気まずそうな顔をした君は、黙って僕のあとをついてくる。
「佐倉」
階段を降りきって、階段室を出る直前に、君は思いつめたような声で僕を呼び止めた。
「何?」
「変なことに巻き込んで、ごめん」
足をとめて、少し考える。
そっとしておくべきかとも思っていた。
だって推察される事柄はとてもデリケートで、聞きだしたときに自分の手に負えなくなるんじゃないかって、そんな気がしたから。
けれど菊地は違うのかもしれない。
もう自分だけで抱えているのは、辛いのかもしれないと、思い当たったんだ。
あのさあ、と振り返ったら、途方に暮れたような顔が見えて、ため息が出た。
「東さん、なんで菊地に絡んでんの? 仕事のことがあるにしても、しつこくない?」
菊地はうつむいて小さな声で言った。
「東さんは、俺のこと……俺と中田さんのこと知っているから」
「菊地と中田さんって? 付き合ってでもいたの?」
菊地は俯いて、こくんと小さな子供みたいにうなずいた。
「東さんは、それも気に食わなかったんだ?」
「きもいから関わりたくないらしいよ」
「ふ…ん」
そういっていびりでもしていたのかな。
関わりたくないというなら徹底すればいいのに、迷惑な人だな。
「中田さん、だいぶ前に転職したよね。今もつきあってんの?」
ふるふると今度は首が振られた。
別れて転職したのか、転職したから別れたのか。
どっちにしろ、今はつきあっていないらしい。
「引く?」
「引かない……けど、気になるから聞いていい?」
「いいよ」
「菊地は、男が好きなの?」
「多分、どっちかっていうと、そう。でも、普通の人と同じだよ。男なら誰でもいいわけじゃない。中田さんだから、好きになった」
小さな声だったけれど、きっぱりとしていた。
「ふぅ……ん。まあ、恋愛なんてそんなもんだよね。趣味とか好みより、好きになっちゃった事実優先ていうかさあ……うん、いいんじゃない」
これだけ言い切れるんなら、大丈夫だろう。
僕は階段室を出るドアに手をかけた。
「それだけ?」
ものすごく驚いたような声で、菊地が問いかけてきた。
「他に何か?」
「気持ち悪くないのか?」
「なんで? 僕だって、誰かを好きになるよ、きっと。それは気持ち悪いことじゃないだろ?」
そう問い返したら、君はホッとしたような力が抜けたような顔で、笑って言った。
「いや……ありがとう」
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