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6話

「弥生サン。」 真矢がひらりと片手を上げる。 「マヤくんお待たせ。ごめんね遅くなっちゃった。」 「大丈夫ですよ。仕事お疲れ様です。」 弥生が早足で駆け寄る。 パスタの約束から二週間ほどして、二人は弥生の仕事終わりの早い日に予定を合わせた。いつものコンビニの前で待ち合わせる。 弥生は真矢に近づきながら、出し抜かれたような感覚に陥った。 何度か真矢のバーの制服も私服も見てきたが、今日の服はいつものような、Tシャツと気だるげなボトムスではなかった。心做しか普段の自分の服に合わせてくれているような、勘違いだろうか。シャツ、と言っても若者らしい柄ものだが、それにハーフパンツ。有り体にいえば清潔感みたいなものが何割か増していた。 普段見ることの無い、立ち仕事の筋肉が着いた若い脹ら脛が眩しい。 おかしいような、愛おしいような感情を、大人ぶって押し殺して言葉をはき出す。 「ありがとう、行こうか。」 弥生はつまらない会話を寄越しながら頭の半分を余計な打算に費やす。向けられているのは確かに好意だと思われて、それは自分と同じものか、それともそれ以下か以上か。以下である分には、一向に構わなかった。 「マヤくんは今日はシフトなし?」 「そすね。」 「ごめんね、休みの日に。」 湿気の抜けない夏の夜の繁華街。二人並んで奥へ奥へと進む。 「や、いっすよ。近いし。それに、」 「?」 「会いたかったんで」 弥生は意味を持たない計算を続ける。相手の好意が自分を上回らないように。 「そ、か。近いってどこ住んでるの?」 「駅の反対側。」 建ち並ぶ店の扉が開く瞬間だけ涼しい風が運ばれる。 繁華街を抜けきって少し歩くと、ややばかり古いアパートたちが並んでいる。車のほとんど通らない横断歩道を渡って、その四番目に店はあった。小さな喫茶店のようにも見える。 二人は、本日のおすすめ シーフードジェノベーゼ、の文字を見ながら入店する。 「この店シーフード系は美味しいよ。カニトマトクリームとか。トマトシーフードとか?あとは、そうだ、こういう夏野菜パスタとかも美味しいんだよね。」 メニューを指していつもより少し多く話す弥生に、真矢は心底満足した。 パスタが運ばれてくると弥生の顔が緩む。 「結局いつもオススメにしちゃうんだよね。」 「うまそう。」 「いただきます。」 「……っ〜ます。」 手を合わせる弥生につられて真矢も既に持ったフォークごと手を合わせる。 「うん!今日もおすすめはおすすめたる味だ。」 「よかったっすね。」 「うん。」 口の端に着いたジェノベーゼソースをペロリと赤い舌が回収する。こうしていると弥生は若く見える気さえする。 「ねえ、弥生サンいくつなの。」 「、年?」 「そ。」 弥生口の中のパスタをよく噛んで飲み込む。 「29。」 「そっか。」 真矢は予想通りあまり年齢が離れていないと知り深い意味はなく安堵した。 「マヤくんは?」 弥生が聞き返す。 「24。」 少し惑うような顔をして弥生がまた自嘲気味に笑う。 「そっか、やっぱまだ若いのか…。」 パスタをまた一口分くるくると掬って 「こんなおじさんと遊んでちゃダメだよ。」 と告げて口に入れる。 真矢は突然外された梯子に理解が追いつかなくなる。 「え?そんな変わんないしょ…」 「やだな24と29じゃ違うよ。」 パスタをクルクルとフォークに巻き付ける弥生の表情は思考の読めない微笑。 そのあとはまた何の話からか他愛のない話に戻り、1時間半ほど過ごして店を出る。 「弥生サンごちそうさまです。」 「ううん。楽しかったよ。」 真矢は年齢の話から、意固地になってまた弥生に近づいてみたい気が起きた。 「良かったらまたメシ行きましょ。奢ってくれなくていいから。」 「そうだね。」 弥生は提案に同意したが、その口振りはつれないニュアンスを含む、検討致しますと言うようなものだった。 弥生はこの辺に住んでいるというので、店の前で別れる。来た道を引き返すと、繁華街の夜を助長するネオンが皮肉に映った。

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