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7話(下)

美容院のシャンプーは何故こうも気持ちがいいのだろうか。 「弥生さん、シャンプー終わりました。」 「はーい」 また座席に戻されてくるりと鏡をむく。 「お待たせ。髪、切っていくからね。」 「うん。」 首元にタオルを巻かれてクロスをかけられる。 「苦しくない?、なんかシャンプー楽しそうだったね。」 「大丈夫す。そうかな?」 「うん、話盛り上がってたから。」 鋏がシャクシャクと子気味いい音を立てて髪を落としていく。 「何話してたか、気になる?」 「………ならないよ別に」 真矢の意地の悪い質問に、弥生は曖昧に笑った。 「そっか。」 真矢は一度言葉を区切り、勝手に続ける。 「弥生サンのこと。話してた。」 弥生は戸惑いを鋏に伝えないように繕いながら返事をする。 「俺の事なんか、話すことないでしょ」 「はは。あるよ。」 弥生は返す言葉を見つけられずに髪を切っていく。 「知り合いですかって聞かれて。それ以上は聞かれなかったけど、」 その真剣な顔を真矢は鏡越しにまじまじと見つめた。 「だから俺がそこの店ってこととか言ってないよ。なんか弥生サンがゴカイされそうだし。」 ボーイズバーの店員と知り合いなどと言えば、弥生がそこの客のような誤解を受けるのではないか、そう真矢は推し量った。 「はは、それは…うん。ビルの窓から顔出してたら出会ったなんて、説得力ないかもね…。」 一方の弥生は誤解でも別に構わないと思っていた。何よりここのスタッフは、弥生がゲイであることを知っている者も少なくない。 しかし当の真矢はそのことは微塵も知らない。 悶々としながらも弥生は髪に丁寧に鋏を入れていく。 「ね、髪切ってる弥生さん、カッコイイね。」 弥生は鋏を止めて少し髪を払って、引いて全体を見る。 「茶化してるの?」 「ちがうよー」 本心からの言葉を弥生はサラリと交わす。それが癪で真矢は繰り返す。 「ほんと。かっこいいよ。」 「………やめてよ。」 弥生は襟足にコームを当てて刈り上げ部分の長さを調整しているようで、屈んでいるために真矢からは表情が見えなかった。 アシスタントがパーマ用の道具の乗った小さいラックを運んでくる。 それから手際よく髪にピンを止めていく。パーマ液の匂いが鼻につくんとくる。 「マヤくん、このまま暫く置くね。」 「うん。」 「読みたい雑誌とかある?お茶でいい?」 「うん。」 あれよあれよと進んでいくのに、真矢は心から感心していた。 「お茶置いとくから好きに飲んでね。」 何度かパーマのかかり具合を弥生は確認に来て、またシャンプーへ連れていかれる。先程とは違うスタッフで、今度は会話をすることは無かった。 「乾かしていきますね」 ドライヤーが当たると濡れてしょげていた髪たちが持ち上がり何となく仕上がりがわかる。 スッキリしたと同時に、なんだかこそばゆい小洒落た髪型になったように思えた。 「どうかな。」 「なんかハズい。」 「見慣れないからかな、マッサージした後、セットもしていい?」 「ウン…」 頭皮に向かってスプレーを吹き付けられる。冷たいということはなく、なんだかしゅわしゅわと気持ちいい。 指の腹で頭を、そして肩と背中をマッサージされる。ドライヤーで温まった脳に、シャンプーよりもさらに気持ちのいい指や手の圧で、ここに来て眠気を覚える。 手放しの意識のまま真矢は髪をセットされる。弥生がぐちゅりと手のひらでワックスを温めてなじませるのを見て、何故か卑猥だと思った。 それを振り払うように目をぎゅっと瞑って見開く。 「気持ちよかったなら良かった。」 マッサージを指しているであろう話に動揺する。 「うん、…ちょっと眠くなっちゃった」 弥生は話に笑いつつもさくさく髪を整えた。アシスタントが鏡を持ってくる。 「マヤくん、後ろはこんな感じなんだけど…どうかな。」 「おお…すごいすっきりしてんね。」 「うん。」 真矢は刈り上げたところを撫でて確認する。 「弥生サン、どう?」 「良いね。」 間髪入れずに返された返事は真矢の求めているものではなかった。 「…そう、なんだけどそうじゃなくて。俺のお願い通りになった?」 弥生の頭の中で真矢のリクエストが再生される。 “俺を弥生サン好みの男にしてよ” 鏡の中の弥生は真矢の毛先を少し触ってから、 「うん。良いと思うよ。」 目を合わせて答えた。 「そっか。」 「うん。」 椅子をくるりと回されて真矢は立ち上がる。 「マヤくん、今日もシフトなの?」 「うん。2時まで。大体いつもそう。」 この後18時からのロングシフトになる。いつも弥生と勤務前に会う日は、20時から2時のシフトが多かった。 「長いね。」 「まあね。」 預けた荷物を受け取り会計をすませる。 「ありがとうね。」 「うん。また弥生サンに切って欲しい。」 店の階段を降りるのをヒラヒラと手を振り弥生が見送る。 「ほんと、上手だね、君は。」 その声は真矢には届かない。 真矢はシフトまでまだ時間があるのを確認して早めの夕食へ向かった。

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