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第4話

 僕は凡人にすぎないがそれなりに学習能力はある。翌日からはもっとうまくできるにちがいない。たぶん僕はアレンが好き――だと思う。少なくともヴィクターのように嫌いじゃないのはたしかだ。  夜の一件についてはそう思ったのだが、翌日からは夜の前に難問がふりかかった。  ヴィクターがいないあいだ、僕は弁当と外食ばかりだった。理由はなんだろう? もちろん、僕の家事能力が低いからです!  まったく自慢にならないのだが、兄が何でもできる一方で僕は人並みに、あるいは人並み以下しかできなかった。そう、とくに料理。  しかしこれはアレンの予想とちがったらしい。同居にあたって、僕が料理下手なことやその他の家事が苦手だと告白すると、アレンは最初「俺も得意じゃないさ。ふたりでやろう」とイケメンらしい心の広さをみせた。でも本当のところはすこしちがったのかもしれない。  僕がアレンの家に行ったのは週末のことだ。このときはまだよかった。一日目、僕らはふたりで買い物に行き、あまりうまくない料理を作ってみて、翌日は朝ごはん以外は外へ食べに行った。翌週仕事がはじまると事態は目に見えて悪くなった。経理部のアレンは僕よりも帰宅が遅いので、先に帰った僕が料理をすべきだという。  でも僕はこれまで夕食なんか作ったことはなく(いつもヴィクターが用意していたのだ)いきなりそんなことは無理だといって、僕らはすこし雰囲気の悪い会話をした。その後はおたがいに謝って、アレンは僕にキスをし、僕らはまたセックスをした。今度はアレンは最初から潤滑油を使ったので僕のお尻は裂けなかったし、アレンは気持ちよさそうに僕の上で腰を振り、またすぐに寝てしまった。  ところが僕はまたイケなかったのだ。アレンは早すぎて、ぜんぜんいいところに届いてくれないから、前も後ろも残念ながらアウト。アレンのことは嫌いじゃないのに、どうしてなんだろう。  それでもひとりで後始末をする段になって、僕はひとりでイケないか試そうとした。シャワーの下で僕はアレンの顔を思い出そうとしたのに、頭に思い浮かんだのは嫌いなはずの兄の美貌だった。  ほんとうに、昔の僕はヴィクターが嫌いじゃなかったのだ。両親が亡くなり、僕らふたりしかいないのに、どうして嫌いになれるだろう。僕は兄と二人で助けあって生きていくのだと思っていた。いや、僕はむしろヴィクターがいないと生きていけないと思っていたのだ。  ヴィクターはたぶん、こんな僕が鬱陶しかったのだろう。実際僕の生活は兄の存在にこれまでずっと支えられていて、おまけに今、オナニーするにも兄の顔を思い浮かべなければならないとは。  その事実に愕然とした僕は結局そのまま寝てしまった。正直いって、アレンとおなじベッドの寝心地はあまりよくなかった。でも好きかもしれない人とセックスをして一緒に寝るのはそこそこロマンチックな感じがする。僕は自分にいいきかせた。変態の兄と長年一緒だったから、おまえの感覚をそんなに信用するもんじゃない。常識外れなのかもしれないだろう?  熟睡とはいえなかったが、とにかく僕は眠った。  ドンドン、ドンドン。  激しくドアを叩く音に目覚める。もう朝だ。 「アレン・ウィンター! 王立警察だ!」  警察と聞いたとたん、もぞもぞしていたアレンがガバっと起き上がった。 「アレン?」  隣で僕がきょとんとするのを押しのけて、彼はあわてて服を着た。 「ティム、すまない。俺は急いで出る」 「え、でもあの人たちは? 警察だって……」 「何かの間違いだ」 「それなら出て話をすればいいじゃないか」  アレンは何をいってるんだ、といいたげな目で僕をみた。 「馬鹿だな、わからないか? ああいうところと素直に話なんかしたら、あることないことで難癖をつけられるんだ。だから今はどこかへ行って、後で連絡すればいい」 「それって逃げるってこと? でも、なんで?」  押し問答をしているとまたドアが叩かれる。 「出てきなさい! 出てこないなら押し入るぞ!」  ちっ、とアレンが舌打ちしたとたんパタンとドアが開いた。王立警察の青い制服が長身に押しのけられる。魔術師の漆黒の制服の上に金髪が輝く。 「ティム。探したぞ」  僕の斜めうしろでアレンがひっとか、なんとかいった。ヴィクターは黒い手袋をはめた手をひらめかせ、ひょいひょいと宙に印を描いた。ロープがしゅっと鳴る音が聞こえ、僕は反射的に体をひいたが、狙いは僕ではなく窓から外へ飛び出そうとしていたアレンだった。うわあああっとかなんとか彼が叫んでいるあいだに何本ものロープが足や胴体に巻きつく。兄は落ち着き払った顔でロープをひっぱり、後ろに立つ青い制服に渡した。 「ヴィクターさん、さすがです。ありがとうございます」 「いや」兄は輝くような笑顔をうかべた。 「俺も弟を連れ去られたと聞いて、穏やかではいられなかったんだ」  僕は完全に思考が停止したまま、立ち尽くしていた。ヴィクターがこっちへ歩いてくる。あいかわらずの美貌をみたとたんほっとしてしまったのは間違いなかった。僕のそんな気持ちは顔に出てしまったにちがいない。兄の目つきが瞬時に変わったからだ。 「兄さん、なんでここに」  ヴィクターは青い制服の方に顎をふった。 「経理部でのアレンの横領と脅迫が発覚したんだ。ティム……」  手袋をはめた手が僕の顎をなぞった。 「おまえはここで何をしてる」  僕は魚のように何度か口をあけてしめた。兄はそんな僕をみつめたまま凄みのある微笑をうかべた。 「では、家に帰るか」

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