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第3話 分別の章
花壇で夏の花が萎れていた。夏の終わり、秋の戸口の肌寒い夜だった。
王子の寝室はいくつものランプで照らされていた。寛容の騎士は脚高の香炉に練香をのせ、真紅に輝く林檎を香炉の脚のあいだに置いた。節制の騎士が寝台のとばりを完全にひらき、王子の褥をあらわにする。
湯あみをおえた白雪は薄衣 を羽織っただけの姿だった。香炉から林檎の爽やかな甘い香りが漂い、王子は緊張が薄らぐのを感じた。自分にむけられる七人の視線を感じた。幼いころからつねにそばにいた七人だった。この国を出れば二度と会わないかもしれない七人である。
考えてみれば、自分の前で七人全員がそろう機会などこれ以前にあっただろうか――と白雪は思った。七人はそれぞれが白雪の導き手であり、友人でもあったが、白雪は七人同時に教えを受けることはなかった。純潔はいつも勤勉を伴ってあらわれたが、他の騎士は多くの場合、ひとりで王子に相対していたのである。
純潔の騎士が無言で王子の腕をとり、寝台へ導いた。王子の薄衣は着慣れた簡素なものだった。後宮の夜伽で身に着ける官能的な薄衣とは似ても似つかない、白の長衣である。
北の帝国の迎えの一行は後宮入りにふさわしい衣服を一式携えて到着していた。荷物を確認した王子は透ける布に刺繍が施された薄衣に赤面しそうになり、なんとか動揺を押し隠したものである。
この国を発つとき、今着ている薄衣を持っていくことはできない。わずかな小物類――十八の誕生日に騎士たちに送られたものをのぞけば、肌に馴染んだものですら手放さなければならないのだ。
これをあらためて実感し、王子はかすかに体を震わせた。純潔が励ますように肩に手をおいたので、王子は首を振った。
「大丈夫だ。怖いわけではない」
純潔の手が王子の薄衣をたくしあげる。いままでとばりの内側の暗がりでしか晒されたことがなかった肌は、明るいランプの光に照らされてもひとつの傷も染みもなく、輝くような美しさだった。慈愛の騎士による武術の指南や剣の稽古で打ち身を作ったことはあっても、健やかな体はすぐに元の通りになったのだ。
純潔の騎士が薄衣を取り去ると王子は顔をあげた。慈愛の騎士がすぐそばにひざまずいている。
慈愛の騎士は七人のうちもっとも年長者だったが、素裸になった彼をみて王子は顔をあからめた。純潔の騎士の痩身や勤勉の騎士の健康でがっちりした体とはまったくちがう、長年の鍛錬で鍛え上げられた肉体だった。王子はこれまでの年月、この騎士と体術や剣の鍛錬で数えきれないほど取っ組み合いをしたことがあった。この騎士の汗のにおいも、組み伏せられる感触も知っている。しかしこんな状況ではない。
林檎の香りが強くなった。王子はまるで酔っているかのように頭の中、心の芯がふわふわと泳ぐのを感じた。股間でおのれが立ち上がり、ゆるく下着をもちあげている。純潔の騎士が王子の裸の胸を指でたどった。耳朶を噛みながら低くささやいた。
「今宵はこれまで私が教えたことを忘れなさい」
胸の尖りをつままれ、王子は吐息をもらしながらも問いかけるように純潔をみた。
「今宵は誰かを悦ばせる必要はないのです。あなたの体が感じることに集中して。そうしなければ寛容の魔法は効きません」
すでに純潔以外の六人の騎士は下穿きだけになっていた。純潔の騎士は寝台に座った王子を背後から抱き、胸の尖りを弄りつづける。手慣れた愛撫に白雪の息はあがり、肌が淡い桃色に染まった。純潔の騎士のものではない力強い手のひらが足首から膝を撫であげる。王子はなかば閉じてしまっていた目をあけ、慈愛の騎士のたくましい肩がおのれの足のあいだにあるのを知った。
「あっ……」
下着をおろされ、敏感な尖端にふとい指が触れた。先走りの雫をたどるようにゆるい愛撫がくりかえされる。純潔の腕が背後から王子を拘束していた。慈愛の騎士や、その向こうにいる騎士たちに白雪の姿を晒しているのだ。
私は皆に見られている。
そんな意識が生まれたとたん、白雪の体はより敏感に反応した。慈愛の騎士は王子の腰をもちあげるようにして、蕾の周辺を指先でまさぐった。湯あみのときに準備がされていたのもあって、すぐに騎士の指を呑みこんでいく。背後を支えていた力が急に消え、王子は寝台に背をつけていた。慈愛の騎士の肉体が上にのしかかる。純潔と勤勉がこれまで教授した成果があらわれて、王子はみずから両足を広げ、慈愛の騎士を誘うように両腕を伸ばした。大きく堅くそりかえった慈愛の逸物が蕾を割るように押しつけられる。
「んぅ……あ、……ん、ふぁ、あ、はっ」
林檎の香りが甘くたれこめる。純潔の騎士は白雪に、閨の声に注意するよう教えてきた。声は後宮の主人のためのものだからだ。しかし今は関係がない。慈愛の騎士は低く唸るような声をあげながら王子の奥を突き、揺さぶった。これまで受けた閨の手ほどきでは感じなかった甘い波が、白雪の意識を遠くまで運ぶ。両足が慈愛の騎士のたくましい腰をしめつけるように動く。
「ああっ、うんっ、こんな――ああ、あ、あ――」
熱い塊が体内に打ちつけられたあとも王子は快感の波にもちあげられたまま、今度は半開きの唇をふさぐ舌に夢中でこたえている。どういうわけか体はまだ熱く疼き、みずからの内部が乞うようにひくひくと蠢いた。足の上にのった重みがなくなるのを恐れ、王子は目を閉じたまま手を伸ばしたが、今度は慈愛の騎士の分厚い手のひらとはちがう手に指を握られた。
まぶたをあけると王子を抱き起こしているのは節制の騎士と分別の騎士である。ふたつの舌が両側から淫靡な水音をたて、王子を翻弄しようとする。うつぶせにされ、尻をつきだした王子の背後からひとつの舌が蕾を舐め、もうひとつの舌は王子の腹の方向から陰茎を舐めた。
「あああん、や、ぁ――」
節制が背後から入ってきたとき、白雪の意識は快感で溶けてしまったようで、自分の体がどうなっているのかもわからないくらい遠い場所へさらわれていた。分別と節制が交互にまじわっても王子の熱は薄れず、忠義の騎士の膝に抱かれ、下から突き上げられて叫び、寛容の腹にまたがって、黒髪を乱しながら腰を振った。
その夜七人の騎士は香が燃え尽きるまで白雪王子とまじわった。林檎の香りと精の匂いがこもる寝台の上で、王子は自身と騎士たちの体液に濡れながら、声が枯れるほど悶え、喘ぎつづけた。
明け方、寛容の騎士は王子と騎士たちの精力をつないだ香炉を銀の匙でかきまぜ、灰を掬って青い硝子瓶にうつした。香炉の下にあった林檎と硝子瓶を黒いびろうどに包み、銀の枠を嵌めた箱にいれた。
それから一日経って、白雪王子は北の帝国の一行と静かに国を出た。
最後の別れのとき、七人の騎士は順に膝を折り、王子の手に口づけした。王子は凛々しく毅然とした様子で馬の背にまたがった。忠義の騎士が十八の誕生日に選ばせた仔犬やわずかな身の回りのもの以外、王国のよすがとなるものはなかった。
不思議なことに、林檎の香りに彩られたあの夜の儀式について王子はほとんど覚えていなかった。夢とうつつの境界で宙を高く飛ぶような感覚のなか、自身の内部に熱い情熱を注がれた、というぼんやりした記憶しか残らなかったのである。すべては寛容の騎士の魔法の働きであった。白雪が抱えていた不安は、北の後宮での新しい生活に向けた勇気と気概にとってかわっていた。
北の帝国まで旅をするあいだに秋が深くなった。ついに首都へ到着した時、王子はあたえられた毛皮の外套をまとっていた。帝国ははるかむかし、草原の天幕にくらす騎馬の一族からはじまったものだが、現皇帝は壮麗な石造りの首都の、モザイクで飾られた広大な宮殿に玉座をおいていた。
「そなたが白雪か」
皇帝は小国の第七王子が到着したときいても、当初さしたる興味を示さなかった。広大な北の帝国では属国や周辺国が後宮へ王族を差し出すのはありふれたことだった。白雪の三倍の年齢になった今は、かつて誇った絶大な精力も衰えをみせていたのだ。
それでも白雪王子の美しさは初対面で皇帝の目を引き、また後宮の住人達もざわめかせた。後宮をとりしきる正妃は白雪の美しさを警戒し、煌びやかな後宮の中でもことさら目立たない住居をあたえた。
小国の末子である以上それも妥当といえただろう。それに王子が暮らしていた故国の離宮よりは豪奢で快適な場所だった。短い秋が過ぎて冬が訪れるまで、皇帝の訪れもないままに、白雪は後宮の片隅でひっそりと暮らした。
そうはいっても、あまり孤独ではなかった。母国で培った教育のおかげで、王子は周囲の人間を味方につけるすべを心得ていたからだ。
後宮には白雪と同じように小国から召し上げられた者がいたが、そういった者たちが故国とちがう生活に馴染めないまま孤立していたのに対して、白雪は北の見慣れない文化や風俗に恐れを感じなかった。中でも分別の騎士が教えこんだ教養は、王子が後宮で自分の立場を獲得するのに十分すぎるほど役立った。
分別の騎士は何年もかけて、騎馬民族時代から帝国に受け継がれた遊戯盤の遊び方を王子に教えていたのである。そして王子にはゲームの天分があった。白雪は非常にすぐれた指し手だったのだ。
分別の騎士が十八の誕生日に贈った遊戯盤は美しいものだったから、王子は後宮にいる者たちと――召し上げられた者だけでなく、管理する役人や護衛の兵士も――頻繁にこれを指したが、めったに負けなかった。
やがて白雪王子が強い指し手であるという噂が広まり、後宮に隣接する蔵書院の者までが手合わせを望むようになった。こうして噂はまわりまわって皇帝の耳に届いたのである。
正妃は遊戯盤に興味を持たず、子供の遊びだと馬鹿にしていたので、このことを重要視しなかった。皇帝が遊戯盤の腕を試すために白雪を訪れたことも、正妃はあとで知ったのだった。
ところがその夜を境に、白雪は毎夜のように皇帝の訪いをうけることになった。
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