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第6話 節制の章
「アザレア!」
黒髪の青年が大声で呼びながら小屋の扉をあけた。節制の騎士はパンをこねる手をとめて「スノー、どうしました?」とたずねた。
「大変だ、森で……」
青年は全速力で走ってきたらしく、息を切らしている。節制はコップに水を汲んで渡した。
「落ちついて。何があったんです?」
「森に倒れている人がいたんだ。頭を打っているらしくて、手当てしようと思ったけど、俺にはどうにもできなくて……」
「わかりました。すぐに行きましょう。大丈夫ですよ」
「ありがとう、アザレア」
小屋の裏手から薪を割る音が響いていた。勤勉の騎士が斧を振り下ろすのを待って、節制は森へ行ってくる、と告げた。
「王子は?」
「一緒にいく。怪我をした旅人がいるらしい」
「森には慈愛がいるはずだ。犬も。あとで合流しろ」
「わかってる」
節制の騎士は手当てのための道具を袋に入れ、青年と歩きだした。「クローバー、俺もう一度行ってくるね!」と青年は無邪気に叫び、勤勉が手を振った。
俺、か。節制はひそかに落胆したが、隣を歩く青年の美しい横顔を見ていられるだけでも満足すべきなのだとわかっていた。肩口までの黒い髪、白い肌、紅い唇。白雪王子の外見は三年経っても変わっていない。心臓が止まったまま、王子は森の小屋で騎士たちと暮らしている。
王国をはさむ南北の帝国ではいまだに争いが繰り広げられている。しかし北の帝国は白雪を失ったあと、王国へ無茶な要求をしなくなった。七人の騎士は、王子にかけられた魔法についてなんと説明するか迷い、結局王に、白雪王子の亡骸が何者かに奪われたと告げた。そして自分たちは遺体を探索しながら王子の喪に服することを願い出た。
そして三年がすぎた。
記憶を失った白雪王子は、かつて自分自身をどう呼んでいたのかも忘れてしまった。言動はいささか幼く、七人の騎士については自分の家族だと信じている。
騎士たちは相談して、王子を「スノー」と呼ぶことにした。自分たちについては別の名前を教えた。王子が生きている――魔法でこのようになっていると、北の帝国に知られるのを恐れたのだ。
七人で森の奥を開墾し、獣を狩り、余った肉や作物、森の木でこしらえた小物を市場で売り、必要なものを買う。王子をかくまいながらそんなふうに生計をたてるのはさほど困難ではなかった。騎士たちはひそかに情報を集め、自国だけでなく南北の帝国の状況をみながら、王子をどうするべきか、どうどうめぐりの話し合いを続けていた。
いっそこのままでもいいのではないか、という者もいた。王のいる城へ戻ろうという者もあった。王子の時が止まっていることを他の誰かに知られたとき、王子の身に何が起きるかを危ぶむ者もいた。
自分たちがこのまま齢をとり、王子がいまの姿のままでいたらどうなるか。口にこそ出さないが、節制の騎士がひそかに恐れているのはこれだった。記憶をなくした王子は性格も以前とは異なっている。今の白雪は節制が子供のころから慈しんだ存在の、生き別れの双子のようなものだ。
実は寛容の騎士は魔法書をさらに研究し、白雪王子の時をふたたび動かす方法を見出していた。ところが今の王子にその方法を試すことが正しいのかという議論で、騎士たちの意見は割れたのである。
魔法が成功し、心臓が動きはじめ、白雪が時の過ぎゆく血の通った人間に戻ったとしても、記憶が戻らないかぎりかつての白雪王子は帰ってこないだろう。おまけに別の問題もあった。この魔法を解くために必要な行為を、スノーにどう説明するのか。
「アザレア」
森を歩きながら白雪がいった。
「ねえ、この前、川向こうのトムとロンの家でさ、俺、みちゃった」
「何を?」
「トムとロンが抱きあってるの」白雪は無邪気に続けた。
「最初は喧嘩してるのかと思ったんだ。ああ、ほんとに喧嘩してるみたいだったんだけど、そのうち二人とも服を脱いで、こんなことしたりして」
白雪は節制の腕をとり、ひきとめた。そして背中から胸へと腕を回し、うなじに顔をこすりつける。
「ひたいじゃなくて、口にキスして、そうしたらトムのあそこが急に大きくなって、そしてロンの――」
「スノー」節制は厳しい声を出した。
「他人の小屋をのぞいてはいけない。特にそんな……ことをやっているときは」
「ごめん、それは……そうだと思ったんだけど、でも……できなかったんだ。だんだん俺のあそこも大きくなっちゃって、それに……ロンが羨ましいなって」
節制はまたきつく叱りつけそうになり、あわててこらえた。
「どうしてそう思うんです?」
「わからない」白雪は眉をひそめた。
「時々夢をみるんだ。俺は裸なんだけど、ひとりじゃなくて、俺の中に誰かがいて、すごく気持ちよくて……安心するんだ。だからトムとロンをみたとき、あれじゃないかと思って……ねえアザレア、俺の体、時々変な感じがして、なんだかすごく……寂しいっていうか、足りないっていうか」
「スノー」節制は白雪の話をさえぎった。
「その話はまたあとで。旅人というのはあれですか?」
白雪はうなずき、ふたりは木の幹にもたれている旅人に近づいた。節制は旅人の服装に眉をひそめた。鮮やかなリボンでふちどりした薄いシャツ、外套には凝った彫刻が施されたボタンがつき、腕には鳥の羽根を飾った帽子を抱えていた。騎士として鍛えられた目には、外套に隠れた部分に短剣の柄があることもすぐにわかった。今は意識を失っているが、どこかの王族か貴族だろうか。
「どうしよう」
節制は白雪と旅人を交互にみて、内心のため息を押し殺した。
「小屋に運びましょう。頭を動かさないように」
「何者だと思う」
「服装からして南の帝国だろう。貴族か、裕福な商人かもしれない」
「目覚めたら食事のひとつもふるまって、恩を売ってさっさと立ち去ってもらおう」
「白雪は?」
「そこで水浴びをしてる」
話している者もそうでない者も、いっせいにふりむいた。木立に囲まれた泉があり、ふだんはそこで体を洗うのだ。樹々のあいだに白いものが見え隠れする。小屋の戸口には犬が座り、油断なく辺りを見回している。
「その……白雪のことだが」
いい機会だと、節制はためらいがちに話しはじめた。
「川向こうのトムとロンの交合を見たらしい」
「それで?」純潔が鋭い視線を放った。
「興味を……持っている。それにどうやら、体が」
「疼くんだろう」純潔の騎士があとを引き取った。
「仕方があるまい。王子は私が教育した。後宮にふさわしいように」
節制は思わず声を荒げた。
「王子はほんとうにあのままでいいのか? 体が疼くって……トムやロンのような連中と何かあったらどうする?」
七人はいっせいに黙った。
「自分で処理をする方法を教えるしかあるまい。純潔、おまえの仕事だ」
分別の騎士がいった。純潔の騎士はさびしそうな表情になった。
「ああ、そうだな」
「とにかく今はあの旅人をどうにかするのが先だ。王子を見せたくない。さっさと追い出そう」
ところが、旅人のことも白雪王子の体のことも、そう簡単にはいかなかった。
旅人はなかなか目を覚まさず、夜半になると熱を出した。白雪が世話をしたがるのを騎士たちは止められなかった。もともと王子は心優しい人間だった。見知らぬ他人を労わる白雪は過去を思い起こさせもして、七人ともきつくいえなかった。数日して旅人は目をさましたが、ひどく衰弱した様子に白雪が同情したので、七人はまたもこの男を追い出しそこねた。七人とも、白雪に冷たい人間だと思われたくなかったせいである。
困ったことに、旅人は目覚めて初めてみた白雪の美しさにたいへん感銘を受けていた。記憶がない白雪の純朴なうけこたえや仕草も旅人を惹きつけた。
困ったことに、この男は身元を明かそうとしなかったが、あきらかに裕福な身分で、口がうまかった。騎士たちが白雪に近づけまいとしても、白雪にうまく取り入ってしまう。
七人の騎士がもっとも苛立ったのは、白雪も旅人が気に入っていることだった。以前の王子ならこんな男、歯牙にもかけなかっただろう。白雪がなにかといえば男のそばにいようとするのも、騎士たちは気に入らなかった。
純潔の騎士にはわかっていた。幼いころから後宮のために訓練された王子の体は、時をとめていても――いや、時をとめているからこそ疼くのだ。そして無意識に相手を求めてしまう。
しかたがない。皆が寝静まったある晩、純潔は月が煌々と照らす夜の森に白雪を連れ出した。泉のほとりでうしろを使う自慰の方法を教えた。
純潔の騎士は誰にも見られていないと思っていた。ひさしぶりの「授業」で王子にのみ意識が集中していたせいもあっただろうか。旅人がこっそりあとをつけていたことに気づかなかったのである。
翌日の午後、騎士たちが畑仕事や行商の準備に忙しくしているとき、旅人は白雪を散歩に誘った。白雪は大喜びで誘いを受けた。旅人と二人きりにならないようきつく言い渡されてはいたが、近頃の白雪は保護者たちが旅人についてあれこれいわれることにうんざりしていた。
うんざりすることといえば、毎日体がむずむずすることもそうだ。昨夜、リリー(純潔の騎士を白雪はこう呼んでいた)が教えてくれた方法は気持ちよかったけれど、昼間の泉や保護者がいる小屋の中ではとても無理だ。
旅人は白雪が想像もしたことのない遠い国のことを聞かせてくれたし、白雪を好いているようだ。白雪は、旅人が保護者の目をかいくぐってそっと手を握ってきたり、肩を抱くのも好きだった。旅人がこうして触れてくると、白雪ももっと触れたくなる。
ふたりは明るい森を歩いた。旅人は歩きながら遠い南の国の話をして、白雪は相槌をうった。ふたりは森のずいぶん奥まで行ったのである。疲れたから座らないか、と旅人がいった。ふたりは手ごろな木陰に腰をおろした。太い木の幹と根のあいだにふたりぶんのへこみがあり、地面はふかふかの草で覆われている。
旅人と白雪は並んで座った。旅人は白雪の肩に腕をまわし、耳のあたりに唇を近づけた。
「スノー、ここは静かだね」
男の吐息が耳朶をくすぐって、白雪は背中を甘美な震えが走るのを感じた。
「きみはほんとうに、とてもきれいだ」
白雪は黙っていたが、内心とても嬉しかった。自分の容貌など気にしたこともなかったが、保護者たちは白雪をこんな風に褒めなかった。よくできたといって褒めてくれることはあっても、美しいと聞いたのは初めてだ。旅人の言葉は白雪の耳に蜜のように甘く響いた。
「ねえ、スノー。俺のことをもっと教えてもいいかな」
「なに?」
「実は俺はね……」
そういって男は、自分は南の帝国の王族なのだと明かした。何人かいる世継ぎ候補のひとりなのだという。南の帝国には、世継ぎの候補に対する試練があった。一度は国を出て、探索の旅をしなければならないのだ。そして素晴らしいものをみつけて持ち帰らなければならない。
「スノー、きみは俺が今まで会ったなかで、いちばん美しい人だ。きみを俺の国に連れて帰りたい。どうかな? 一緒に来ないか?」
「一緒に?」
白雪は驚いて旅人を見返したが、森を出て旅をすることを想像するとそれだけで胸が躍った。旅人が聞かせてくれた色々な話を実際にこの目でみることができる。なんて魅力的なんだろう。
「どう?」
旅人は返事を待っている。白雪は行きたい、と口に出そうとしてふとためらった。
「あの七人も一緒に行ける?」
「ん?」
「リリー、アザレア、クローバー、コスモス、レイン、シトロン、プラム」
騎士たちの呼び名を王子は口にした。
「みんな一緒なら……行きたい」
旅人は小さな笑いを漏らした。
「ごめん、それはだめだ。きみの保護者を七人も連れて帰れない。俺と一緒に来るのはきみひとりだ」
「でも……」
「ねえ、スノー。彼らはきみをこの森に閉じこめているんだ。きみが俺に触りたいと思うのだって許さないだろう?」
ささやきながら旅人は白雪の耳を噛み、吐息と舌で愛撫した。背筋からのばしたつま先まで甘美なしびれがはしって、白雪は旅人の言葉を最後まで聞けなかった。男は白雪の体に手を回し、唇を重ねてくる。旅人の舌が自分のものと重なり、吸われて、白雪の頭はぼうっとしはじめた。勝手に腕が伸び、男の首にまわる。
男は口づけを続けたまま、手慣れた動作で白雪の服をはだけはじめた。胸の尖りを指でこすられたとたん、白雪はびくっと体をふるわせた。
「感じているんだ。可愛いなぁ……」
男は白雪の顎、首筋と唇を這わせ、舌を押しつけて強く吸う。白い肌に痕を残しながら口と手で愛撫を続けていく。胸をはだけさせ、肩をむきだしにして、堅くなった薔薇色の乳首を舐め、歯を立てる。
「あっ……うん、あん、ああん……」
「ほんとに可愛い。ねえ、きみはほんとうに、あの堅い連中のところにずっといたの?」
「うん、うん、そうだけど……あ、ああんっ」
男の舌が白雪の胸でぴちゃぴちゃと音を立てた。手が白雪のズボンの紐を解き、中に入りこんでくる。勃起した尖端からこぼれたしずくをすくい、股の奥へと指を伸ばす。
「ねえスノー。昨夜は泉で何をしていたの?」
「え……あっ……何……」
「ここをさ……」
男は白雪の蕾をそっとさぐった。堅く閉じているかと思いきや、意外に柔らかくほぐれている。
「ああん、そこ、だめ……」
「どうして?」
「だって……そこ、すごく……」
「すごく……何?」
男は力の抜けた白雪の背を押し、自分の方へ尻をむけさせると、一気に下着を剥ぎとって蕾をあらわにした。奥を指で探りながらささやきつづける。
「たしかにすごいね……すごくきれいだよ……それに俺の指を喜んでるみたいだ。ねえ、スノー」
「あ、あん、ああん、なに……」
「ここにもっと欲しいんだろう? こんなに俺の指をのみこんでさ、気持ちよくなりたがってる。欲しがって欲しがって震えてるの、自分でわからない?」
「わからなっ……」
「ここにもっと大きいの、いるんだろう? これで満足できないんだろう? ねえ、スノー……」
そう、満足できない――白雪の中でそんな声があふれた。男の指は白雪の中でうごめき、時どき快楽の中心をかすめたが、すぐにそれていってしまうのだ。白雪は誘うように腰をふったが、指が抜けてしまうのを感じて落胆した。男が低い声で笑った。
「やっぱり。欲しいんだ?」
白雪は男に背を向けたままうなずいた。男は紅に染まったうなじに唇をつけ、自分の下半身をあらわにすると、蕾に猛った欲望を押しつけた。根元まで埋めて揺さぶると、白雪の唇から大きな喘ぎがこぼれた。
「あああっや……あっ…はあっあ――んっ……」
「いいな、最高だ……」
男が腰を振るたび、白雪の頭に白い快楽の火花が散る。中がきゅうっと男をしめつけてうねると、男のから余裕が消えた。
「ああ、これは、あ、もう、イク……」
男が激しく腰を打ちつけた、その時だった。
パアアーーーン!
何かが裂けたような、落雷にも似た音が響いた。繋がった二人の真上に光の柱があらわれ、雷のように突き刺さる。光の柱は白雪を抱いている男を直撃した。白雪には何が起きたのかまったくわからなかった。一瞬だけ焦げ臭い匂いがたちこめたかと思うと、柱は男だけを光の渦にくるんで呑みこみ、そのまま上へ、空の彼方へと飛び去った。
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