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第7話 ウラシマさんと僕(2)

 もちろんつきあうといっても意味ではない。ただの友達づきあいだ。いや、友達というのもおこがましいかもしれない。残業前に夕食を食べたいというウラシマさんと一緒に蕎麦屋やとんかつ屋に入り、定食を食べて世間話をするという、ただそれだけのつきあいである。  きっと「ただそれだけ」がよかったのだ。あいかわらずウラシマさんが屋上にいるのは九階のトイレから確認できたし、ウラシマさんも僕に気づいていたから、見かけるとガラス越しに「行く?」「OK」のようなジェスチャーをかわし、オフィスビルの外でなんとなく集合する。  ちなみにウラシマさんというのは僕が勝手につけたあだ名だ。お互いになんとなく名乗るタイミングを失ってしまって、ウラシマさんは僕の名前を聞かず、僕もウラシマさんの本名を聞きそびれているが、このあだ名はそんなに間違っているとも思えなかった。何しろ向かいのビルから九階のトイレまではるばるやってくるような人なのだ。だが雰囲気はどこか飄々としていて、とらえどころのない感じもあり、それも「ウラシマ」っぽいと僕は思った。  知り合ったきっかけがきっかけだから、ウラシマさんは僕の性癖をある程度わかっているはずだが、気にする様子はまったくなかった。ウラシマさん本人はノンケ――他の可能性など考えたこともないノンケ――で、今は独り身らしい。野球という共通の趣味以外で僕とウラシマさんに一致するところはほとんどなかった。ウラシマさんのような知り合いは僕の周囲にこれまでいなかった。  会社とも親戚や家族とも昔からの友人とも関係がない、年上の、ノンケの男。そんなウラシマさんとのつきあいは最初は気安くて気楽なものだった。それが少し変わったのは、長引いた梅雨がやっと明け、ぎらぎらする猛暑の天気が続くようになってからだ。  暑くなるとウラシマさんは傍目にも疲労の色が濃くなった。それまでめったに聞かなかった仕事の愚痴を漏らすようにもなった。もっともウラシマさんはそんな自分に気がついたとたん、ハハハッと笑うのである。 「私生活は無みたいなもんだから」がウラシマさんの口癖だった。 「女っけなし、三角関係も修羅場もなし」  この手のキャッチフレーズは一度聞く分には問題がない。とはいえ何度も聞いているとたまにひっかかるようになってくる――のかもしれない。  というのも僕はだんだん、ウラシマさんに会うたびに「この人は性欲とかないのかなぁ」と不思議に思うようになったからだ。ノンケというのはこんなものなのか。それとも二次元の嫁がいるとか?  僕はウラシマさんが女の子の二次元キャラで抜く様子を思い浮かべ、即座に却下した。なんだかとても嫌な気分になったのである。

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