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第8話 王子様と俺のさらなる展開(1)
*
それはただの暑気払いのはずだった。
はずだった、のだが……。
他人の舌が俺の口の中をクニクニと生き物のように這い、なぞっていく。
クチュクチュと濡れた音が聞こえる。他人の息と自分の息が混ざってくらくらする。アルコールとはちがうもので酔っぱらっているみたいだ。
歯の裏をなぞられたとたんにゾクッとし、その隙にもっと奥の方を舌で吸われる。
まったく身動きがとれない。顎を指で押さえつけられ、首のうしろを壁に押しつけられて、前には王子様の肩がのしかかる。
いやいやこれは冗談だろ? と俺の頭の一部がいっている。冗談の上での合意だ。いや逆だ。合意の上の冗談だ。にしても、おかしい、どう考えてもおかしいぞ……なんでかって……
「やっぱり嘘ですよね」
呼吸が楽になったと思ったとたん耳のあたりに息を吹きかけられ、飛び上がりそうになった。王子様の膝が俺の膝を壁に押しつける。なんだこの身長差。ちょっとしかないはずなのに、ずるい。
「ウラシマさん、ED気味なんていって――ほんとに気持ちいいこと、知らないだけじゃないですか」
俺はヒッと声をあげそうになる。服の上からもしっかりはっきりわかるくらい、左胸のど真ん中、つまり乳首をつままれたからだ。さっきから俺の意思を無視してもぞもぞしている腰のへんがはねあがりだ。
「――あ、あのな……」
俺はなんとかまともな声を絞り出そうとする。
「このくらいでそろそろ……やめましょ?」
「どうしてですか?」
俺を壁に押しつけているイケメンは余裕の表情で、俺は猫にいたぶられるねずみの気分だが、この事態はもっとたちが悪かった。
「キスだけでこんなに感じるなんて、ウラシマさん、びっくりするくらい感度がいいですよね」
「いやだからその――もう――いいでしょ」
「口や耳だけじゃないですよ。胸だって、ねえ、ほら。自分でわかります? 立ってますよ。生で触ってもいないのに」
そんなこと知るか、といいたかったが、口から出たのは情けないうめき声のようなものだ。王子様の手が俺の股間をさぐったからだ。その手は後ろにまわって尻をつかむ。うわぁ、と俺は思う。まずい――まずいなんてものじゃない。
「もっと擦ったり舐めたりしてあげますよ。ウラシマさんはね、ほんとに気持ちいい経験が足りないんですよ。だからもうダメとか枯れたとかふざけたこというんでしょ?」
パニックに陥りかけた俺に王子様はそんなことをいう。声にはいささか物騒な気配がある。さっきからの展開も含めて俺にはいまひとつ納得しかねるのだが、もしかしたら王子様は俺に怒っているのかもしれない。俺はどうして怒られなきゃいけないのかよくわからないのだが、いや、だからこそこんな冗談みたいな災害みたいな状況になっているのだが――
「わかった、降参、わかったって」
俺はあわてて口走る。
「俺は間違ってた。王子様が正しい。それはわかったから、もう――もういいでしょ? もう――あっひっ……」
「王子様ね」
イケメンの流し目が降ってくる。「僕のことをそんなふうにふざけて呼べるうちは、到底わかったなんて思えませんけど?」
「あ、いやごめん、ふざけてないって。俺はかけらもふざけてないし、ふたりともけっこう飲んでるし、それで十分……」
「ほんとにいいんですか?」
王子様の手が俺の股間でうごめいた。
「やめちゃっていいんですか? ついさっきまで、こんなんじゃセックス一生無理とかふざけたことぬかしてたのに? そのくせ今はこんななのに? やめたいんですか?」
俺は口をぱくぱくさせた。王子様はふっと笑った。
「僕が王子様なら、ウラシマさんは一般人らしくひれ伏してればいいんですよ」
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