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第12話 俺と王子様の行き先

 何なんだ何なんだいったい!  俺はさっき脱出した洗面所にまた追いやられている。いや洗面所の先の、浴槽のある風呂の方へ。人生ってのはよくわからないものだ。こういうのを流されやすいっていうんだろうか。いうんだろうな。でも俺はどうしたらいいのかわからなかったのだ。王子様はあのうさん臭い元カレの登場と退場で傷ついた顔をしていて、このままひとりで置いていくのはどうかと思った。思ったのだけども――  王子様の手首がくるっとまわって蛇口をひねる。真上のシャワーからぬるま湯が降ってきて、俺はひゃっと首をすくめる。襟からズボンに水が滴る。 「おい、濡れるだろう!」 「濡らしてるんです」 「なんで?」  聞き返した声はなかば裏返っていたが、王子様は淡々といった。 「なんでって、あっさり出ていけないでしょ?」  なるほどごもっとも――じゃない、そうじゃない! シャワーの土砂降りは王子様も頭から濡らし、やたらと白くみえるひたいには前髪が垂れてはりついている。俺は濡れた服ごとタイルの壁に押しつけられる。押しつけられた王子様の唇はさっきと同様やばかった。頭がぼうっとするし、息が止まりそうだし、はっとしてみると唾液が糸をひいて垂れている。 「あのな……あんたそんなイケメンなんだから、俺みたいなのをからかわなくても」 「気になってたんです」  俺をみる王子様の目つきにはどこか怒りが感じられる。そういえばさっきキスされた時も彼は少し怒っているような気がした。なのに俺にはさっぱり理由がわからない。 「ウラシマさんって、どうして自分は関係ない傍観者だって顔をしていられるんですか」 「え?」 「ずっと見てたんでしょう。屋上から」  俺は言葉をなくして黙った。まったくその通りだったからだ。テレビの向こうの人生劇場をのぞき見するような感覚で、俺は彼らをみていた。 「今はウラシマさんもこっち側にいるんですよ」  バッと王子様は俺の濡れたズボンをパンツごとひきずりおろした。手慣れた仕草だ――っていうか、手慣れすぎだ。咥えられたときの感覚が脳裏によみがえり、とたんに下半身がわかりやすく反応した。王子様はにやっと笑った。濡れた服ごと体をぐいぐい押しつけ、人質でもとるように片手で俺の息子をすくいあげる。思わずひっと声が出た。濡れた指が尻のあいだに割って入る。 「ちょちょちょちょっと――」 「大丈夫ですって。ほら、壁をむいて、お尻をこっちにむけて」 「あのいやその」 「ED気味とかセックス枯れたなんて金輪際いわせないようにしてあげますよ」  股間を人質にとられたまま俺はいつのまにか壁に手をついている。シャワーの雨はあいかわらず俺と王子様の上に降っている。王子様の手が俺の尻をつかみ、揉んで、中に入ってこようとする異物に背筋がきゅっとこわばる。とたん、耳にふうっと息がかけられた。 「やっぱりウラシマさん、感度いいですね」  ぴちゃっと音がして、耳を舐められた。背中に人肌のぬくもりを感じる。いったいいつの間に王子様は服を脱いでいるんだ。ていうか俺の服も。尻につっこまれた異物はなくならないし、シャワーから落ちて股間を流れおちるぬるま湯が皮膚感覚をおかしくしている。時間の感覚も変な気がする。  湯気であたりはむっとして暑かった。垂れてきた汗に俺は眼をつむる。 「いまね、ウラシマさんの中に僕の指が一本入ってるんですけど」  王子様が耳元でささやいた。 「これからほら……二本になった」  それがくいっと中でうごいた。突然パシっと俺の脳内で白いものがはじける。 「あっ――」 「ああ、ここだ」 「あっ、あっ、あっ―――」 「ここね、気持ちいいんだ。ほら、だいぶ緩んできましたよ」  あっと思ったとき尻の中にあったものが消えた。背中を覆っていた人肌が離れ、俺は壁に手をついたまま肩で息をしている。なんだ今の――気持ちいいっていうか――いいっていうか―― 「いいなあ、ウラシマさん」王子様が俺の背中で何かいっている。「すごくカワイイ」  ああもう、何なんだ。俺は混乱した頭できゅきゅきゅっとキャップか何かを回す音を聞く。また背中に重みがのしかかり、ヌルヌルして滑るものが尻のあいだに触れ、するりと何かが入ってくる。さっきのような異物感もなく、俺の中を広げるようにうごめき、さっきのあの場所に触れて離れた。 「あうっ……」  喉からおかしな声が出る。背中にもヌルヌルした感触がかぶさり、俺は前にまわる他人の手を感じながら無意識に腰をゆすっている。 「ウラシマさん」  王子様がささやいている。 「僕の、挿れていい……?」  いいとか悪いとか聞かれたところで答えられない。そう思ったときぐいっと尻のあいだを割られて、とんでもない質量が入ってくるのを感じた。 「痛っ――」 「ちょっとだけ我慢して。大丈夫だから」 「なにがだいじょうぶ――」 「息を吐いて、力を抜いて」  そんな無茶な。なのに背中の男は俺を離さない。俺は息を吐き、ぬるま湯と甘ったるい化粧品のような匂いを嗅ぐ。痛い痛いと思ったのはわずかのあいだだけだった。今は不思議と痛くない。でも尻の中はみっちりしたものでいっぱいで、苦しいとも気持ちいいともつかない。いくら人生いろいろっつっても――と俺は思う。今日のこれは予想していないぞ。こんな―― 「動きますよ」王子様がいった。 「へ?――え?」 「優しくしますから」 「待っ――」  ガツン、と揺すられた。  揺すられて、そしてまたあの感覚が俺の脳を真っ白に襲ってくる。 「あっ、ん、ん、あ――」 「ああ……ウラシマさん」  ため息のような声が聞こえ、パンパンっと股のあいだで音が響く。 「な、なに――あうっ、」 「中、うねってる……すごくいいです」 「おれ――は、わから――あんっああっ」 「まさか。気持ちいいんでしょ?」 「――いいっていうか――立ってられな……」  はぁはぁと息をつきながらつぶやくと背中を優しく抱きしめられた。俺の中からあのデカいものが抜ける。ああ――と安堵したのもつかの間だった。背後にいる男は俺の髪をかきまわし、舌で耳を舐め回した。 「すみません、気がつかなくて。続きはベッドで」  いえ、もういいです。もう――いくらか残った俺の理性はそう繰り返していたが、俺の惰性はベッドという言葉を聞き逃さなかった。 「頼むからちょっと……横にならせて」 「もちろん」  いつの間にかシャワーが止まっている。分厚いタオルをかけられ、俺は犬のように頭を振った。濡れた足が服を踏んでもまったく気にする余裕がない。王子様が俺の手を引いた。 「こちらへどうぞ」    *  さて、ここでクイズです。  よろよろと王子様のあとをついていった先にはピンと伸びたシーツとスプリングの効いたマットレス、ふかふかの掛布団がありました。その後の俺はいったいどんな目にあったでしょう?  正解は――    *  ちょっと横になりたいという期待はもちろん裏切られた。朝までぐっすり眠った――なんてこともなかった。いや、結局朝までそこで寝たのではあるが。 「どうぞ、歯ブラシです」  朝の光の中で王子様はピカピカの笑顔である。髭剃りやらローションやらのお道具一式と、クリーニングに出した服のかわりだというジャージを貸してくれ、俺のすぐうしろで歯を磨いている。俺は腰の違和感に閉口しながら洗面所で王子様と並んで歯を磨く。 「なあ」俺は思い出してたずねる。 「名前って、貴元(タカモト)っていうの?」  ああ、と王子様はいま初めて思い出したように答えた。 「瀬名(セナ)貴元(タカモト)です」  名前も王子様っぽいな、と俺は我ながら妙なところに感心している。 「ウラシマさんは?」  もうウラシマさんでいいんじゃないか、と俺は投げやりな気分で思った。この先俺はいったいどうするんだろう。この王子様と。俺たちは友達なんだろうか。まあ昨日からのあれはなんだかんだで――まったく新しい経験ではあったが。 「教えてくれないんですか」  王子様の声がちょっときつくなる。俺はぼそっと答えた。 「東志朗(アズマシロウ)」 「アズマシロウ?」  王子様は鏡の中で繰り返す。そういえば、と俺は思い出した。あの屋上からも何度か、こうやって鏡に向かう王子様をみていたっけ。 「ウラシマでもたいして変わらないかもな」と俺はいう。 「いいえ」王子様は真顔で答えた。「大違いですよ」

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