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騎士を目指して~第3話 水の精霊王~

 精霊湖。  精霊が住んでいるという伝説がある、静謐な湖。  鏡面のように凪いだ湖面には、周囲の景色が映りこむ。  中心は深く透明な水のはずなのに蒼く底が見えない。  園遊会や避暑で訪れた時はボートを浮かべて景色を楽しむのが、狩りをしない者たちの遊びの定番だった。  すでに湖にはいくつかのボートが浮かび、ゆったりと、ボート遊びを楽しんでいる貴族たちがいた。  私とドナートは小さめのボートに乗せられ、強引に湖の中央まで連れ出された。  普段、鍛えているとはいっても、今の年齢の10歳相当の体力の上の上といったところだ。  広い湖の岸はすでに遠い。 「クエン、体力を温存していた方がいい。俺が漕ぐから少し休め。」  ドナートが心配そうに私を見た。  兄たちに揶揄されて、ここまでは私が漕いでいた。  すでに手が痺れている。  剣を振るときはかなりの時間振らないとこうはならないのだが、使う筋肉が違うのだろうか。ボートを漕ぐのはこれが初めてだから、進むだけマシだと思っていた。  ドナートに言われて、私は頷き、漕ぎ手を交代しようとした。  その時。 「誰が、漕ぐのをやめていいと言った!?」  ジェスロンから鋭い叱責が飛んできて、彼のボートが私たちのボートに向かってくる。  腰を浮かしたまま、固まってしまった私は、近づくボートに気を取られて、揺れにバランスを崩してしまった。更に軽くぶつかってきたジェスロンのボートの衝撃に耐え切れずに、湖に投げ出されてしまった。 「クエン!」 「ドナー……ッ」  ドナートの伸ばした手に掴まろうとしたが、ボートに起こされた余波で、水を飲んでしまって、呼吸ができなくなり、そのまま波にさらわれるようにして私は湖に沈んでしまった。  沈む寸前に見た泣きそうなドナートの表情が、目に焼き付いていた。 (苦しい。息ができない。)  沈んでいく身体から力が抜けていく。 (ああ、このまま僕は、死んでしまうのだろうか) 『大丈夫、助けるよ。』 (誰?)  朦朧とした意識の中で聞こえるはずもない声が頭に響いた。 『君は今死ぬ運命じゃない。それに神龍の加護と神の愛し子が気にかけているものを私の領域で死なせるわけにいかない。』  神龍の加護?  神の愛し子? (貴方は誰?) 『私は水の精霊王。名は君がつけるといい。主よ。』 (あるじ……?) 『そう。私と契約しよう。そうすれば、主を助けられる。』 (わかった。じゃあ……アクア、で……水の精霊、だから……) 『了解した。我が名はアクア、主の命が尽きるまで、ともに。』  そうして、私は湖の水面へと運ばれていった。 「……っ……は……ド、ナート…」  水面から伸ばした手を今度はしっかり握ってくれた。 「クエン!」  涙でくしゃくしゃになったドナートの顔が、意識を失う前の最後の映像だった。 (ドナート、ごめん) 『おや、君たち……』  こっそり、騎士団の訓練所を覗いていた私とドナートは、ある日、騎士団を訓練していた勇者に見つかった。  それは二人をパレードで見てから、さほど経ってない頃。 『ショーヤ、どうした?』  そして、ともに来ていた大魔導士、グレアムにも見つかった。 『まあ、ちびの頃はヒーローに憧れるもんだよなあ。』  フードに隠れ表情は見えなかったが、口元がにやにやとしているのだけはわかった。 『ひーろう?』  耳慣れない言葉に首を傾げている、まだ6歳だった私にグレアムが教えてくれた。 『困っている人を救う英雄のことだ。』 『勇者様だ!』  隣にいた、ドナートがキラキラした瞳で叫んだ。  勇者はちょっと困った顔をしていたが、照れて鼻を掻いていた。 『まあ、そうなるのか……ガラじゃないのになあ。』 『仕方ない。子供たちの夢は壊しちゃいけないからな。』  勇者と大魔導士は仲がいいみたいだった。 (僕も、ドナートと、勇者と大魔導士のようになりたい。お互いを大切な、パートナーとして)  そのあと、騎士団長に勇者は許しをもらってくれて、私たちは見学を許されたのだった。  お茶の時間に姿を現さなかった私たちに、こってりとお説教が待っていたけれど。  それからたまに王宮で会う彼らは私たちに剣術と魔法の使い方を教えてくれた。  特に私たちは魔力量が多いので、制御を覚えなければ暴発の危険性があると言われた。  魔力暴走。  子供によくおこる事故だ。  特に魔力が多い、貴族や魔術師の家系の子供に多い。  そのため、魔法を扱うのは7歳になってから、と魔法のことは教わってはいなかった。  しかし、大魔導士によると魔法を扱うのは別として、魔力を制御する訓練は幼くともしたほうがいいということだった。  そのため、生活魔法のライトの魔法を教えてもらい、寝る前に制御の訓練をするように、と言われた。  英雄の言うことに間違いはないと、ドナートと私はその訓練を一日たりと欠かしたことはなかった。  そのためなのか、私たちは魔力の扱いに優れていると、初めて魔法を教えてくれた宮廷魔術師に言われたのだった。 「……ん……」  意識を浮上させた私は、いつもの見慣れた寝室にいることが分かった。手から暖かな魔力が流れてきていた。手の先を見ると、私の寝ているベッドに突っ伏してドナートが寝ていた。私の手をしっかり握って。 『主は10日以上も熱を出して寝込んでいた。その者がずっとつきっきりで看病をしてくれていたぞ。』  頭にアクアの声が響いてきた。  園遊会で起きた出来事は夢ではないとはっきりしてきた意識で認識をした。 「ドナート……」  10日ぶりに発した声はかすれて弱々しかった。 『私と契約したせいもあって、魔力枯渇寸前だった。この者が、魔力を分けてくれていた。感謝するといいだろう』 (契約すると、魔力がなくなる?) 『魔物を使役するときもそうだが、契約には魔力を通じ合わせる必要がある。この念話も魔力を使う。契約したものには主は魔力を供給しなければならない。だから私は魔力を主から分けてもらっている。そのために今の主は常に魔力枯渇の危機があると言える。この者は、主と魔力の相性が最高にいい。この者の魔力は主に馴染む。僥倖だった。』 (命の危険? 去ってない??) 『普通に生活し、食事をとれば解消できる。』 (わかった。早く健康を取り戻すよう、努力する) 「……クエン? 目が覚めたのか?」  ドナートが目を覚ましていた。震える声で私を呼ぶ。 「ああ。お腹が空いたよ。」 「よかった! クエン」  ドナートが抱き着いてきて泣いた姿を見た私は胸が締め付けられた。  もう、ドナートを悲しませたくはない。  私はひっそりと心に誓ったのだった。

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