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騎士を目指して~第5話 日々の日常~
『すまぬ。主』
(もういいよ)
あれからことあるごとに詫びてくるアクアに苦笑する。
そもそも、私はまだ子供だから魔力は伸びていく。
私の魔力の上限はかなり高いようで、そこまで行けば、魔力枯渇には陥らないはずだと、そうアクアは言っていた。
ドナートは、側仕え見習いになった。
私の部屋の隣に部屋を持った。
前は違う階に部屋を持っていて私の部屋へ来ていたのだ。
歩く距離が減ったね、と言ったら階段を歩くことも鍛錬になるんだ、といった時はドナートは魔法使いになるって言ってなかったかと、首を傾げた。
まあ、立派な側仕え兼護衛になるんだと今は息まいてるので何も言わないけれど。
今の生活は、私を起こしに来たドナートに世話を焼かれ、ドナートとともに作法やダンス、基本的な知識、教養などの座学を終えると、剣術と魔法の教師に実技を教えられる。
剣術は簡単な型だけで、まずは体作りからだと走る、筋力トレーニングや柔軟性を鍛えるなど、だった。技術を磨くのはあと二年してからだと言われた。
まず基本、それから応用だという。
この訓練方法は勇者が推奨していて騎士団に教えるときも、基本ができてないものはまず基本から、だそうだ。
魔法も、大魔導士が訓練方法をやっと伝授してくれたそうで、その訓練方法を教えてもらった。教師も大魔導士の熱狂的な支持者だった。
魔力制御、魔力の伸ばし方、基本的な詠唱、術式の捉え方。イメージをどう鮮明に描き出すか、等々。
強化魔術と呼ばれる、攻撃魔法を使えない者(主に剣士や槍術士等物理攻撃特化の能力を持つ者)が使う身体強化の補助魔術も徹底した身体能力と制御技術の上に成り立つもので、むやみやたらと身体ができてないうちに使うものではないと言われた。
なので今は基本の身体づくりと知識の吸収に重きを置き、応用や技術の向上は成人してからにした。
今の王国は王族と貴族が社交の縮図となる貴族学院(士官学校も兼ねる)に12歳から成人する15歳まで通う。その間にそれぞれの貴族の領地事情、家が担う役割、嫡子以外の去就が決められる。もちろん結婚についてもだ。
性が決まらないうちは婚約も出来ない。性が決まるのは12歳から17歳くらいの間で一般的には精通が最初に来たらメイル、発情期が先に来たらフィメルだ。卵を孕む発情期が多いのがフィメルで、その発情期が一生に一度来るか来ないかの、孕まさせる方が多いのがメイルだ。
基本どちらでも卵を産ませる事も産むこともできる。現にどの組み合わせでも結婚できるし、している人はいる。だが一派的に大多数が、メイルとフィメルの組み合わせだ。
メイルは産む方に大きな問題がある。
最初に精を受け入れた相手としか、性交できなくなるし、他のものと性交したメイルは死ぬ。
これは過去の経験則でわかっている事実だ。
メイルへの強姦は殺人と同義で、罪は重い。
だからメイル同士、あるいはフィメルが産ませる立場の結婚は、王族や貴族ではほぼありえない。
だから慎重に相手を選ぶのだ。
もっともなんとなく自分はメイルだろう、フィメルだろうという意識はある。
生まれた時に周りも性を見分けるすべはある。
陰茎の大きさだ。
子供の頃から大きさと長さに差がある。
長くて太いのがメイル。慎ましやかなのがフィメル。
体つきも背が高くがっしりしたのはメイル、低くてほっそりしているのがフィメルという認識だが、例外はあるから絶対じゃない。
多分私はメイルだ。
だから、この気持ちは墓まで持っていかなければならない。
「クエン」
ドキッとした。
「お茶の用意ができたぞ?」
お茶のワゴンをもってきたドナートは、私に声をかけた。私は読んでいた本を閉じて脇に置き、ドナートが支度をしているテーブルに向かう。
「ああ、ありがとう。」
お茶の支度をしながら、ドナートは私の方を見た。
ドナートはここ半年で、精悍な体つきに変わっていった。
陽に焼けた肌、子供子供してた身体にはしっかりした筋肉がつき始めていて、顔も大人びてきた。
明るく、愛想のいい彼は、モテていた。
私に従って、王宮に出向く時や、剣術や魔法の鍛錬は騎士団や魔術師団と合流することもあったから、その道行に、行儀見習いの貴族の子供や、若い侍従たち、文官見習いなどに注目されていた。
私はどうも、この髪と目が冷たい印象を与えるようで(前は地味だの言われていたが)、気取っているとか、とっつきにくいとか言われてるようだった。
私は鍛えても彼のような筋肉はつかないようで、ほっそりとした体つきで、よく魔力枯渇で倒れるから、病弱と思われている。
体力はしっかりとついているのだが、アクアの顕現する時間が多いとすぐ枯渇してしまうのだ。それでも大分時間は長くなっているけれど。
このまま、学院に行けばドナートが囲まれるのが目に見えている。
それはちょっと面白くない。
『主』
(なんだ?アクア)
『主の考えていることはちょっと外れていると思うぞ。』
(何のことだ?)
首を傾げたが、そのあとには返事はなかった。
香しい紅茶の香りに気を取られて、そのことは頭から消えていた。
「ドナート、紅茶を淹れるのがうまくなったね。」
カップを手で囲むようにして口をつける。湯気がほわりと立ち上って、香りが鼻腔をくすぐる。
「クエンティン様、そういう時はうまくなったな、でしょう?」
言葉遣いを訂正されて、私はむっとした。
「いいじゃないか。二人っきりなんだから……そういうのは作法の時間と他人がいるところだけで十分だよ……」
はあ、とため息をついて、無造作にお茶菓子に出されているビスケットを口にしようとしたが、それを止められる。
『大丈夫、毒はない。』
「アクアは黙ってて。こういうのは毎回やらないと覚えられなくて、いざというときに失敗する。どんな時も100%大丈夫ってことはない。アクアがいない時もあるじゃないか。」
ドナートがアクアに意見する。
精霊王って水の精霊の頂点のはずなのに二人の言い合いには遠慮がなかった。
もしかして、私よりも気さくに話しているかもしれない。
少し落ち込んで紅茶を飲む。
美味しい紅茶がほんの少し苦く感じた。
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