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ダーモット伯爵領~第6話 ハディーの里帰り~

 竜騎士になりたいとそう言った日から、私は随分王に気を使われているようだった。  正直、第5王子である自分はスペアもスペア、王になどなる可能性は微塵もないし、いなくなっても気にも留めないだろうと思っていたが、違ったようだ。  あれからジェスロンとモーデスとは、ほとんど交流がない。公務や王族の集まりで顔を合わせる程度だ。  多分、二人とも私を殺そうとしたわけではなく、湖の真ん中に放置して困らせてやろう、くらいのことだったと思う。  ただ、溺れることを想像できなかったのは、貴族院に行っている長子があまりにも、考えなしだったと言わざるを得ないし、側近や周りの大人が窘めて然るべきで、大人の監督責任もある。  彼らは彼らのハディーや大人たちの考えを、鵜呑みにしているのかもしれなかった。  公的には、あの事故はボート遊び中の事故、で漕ぎ手を変わろうとした私が揺れるボートの上でバランスを崩して湖に落下したことになっている。  すぐに同乗のドナートが手を引っ張って、大人たちに助けを求めて事なきを得た、とそう記録されているようだった。  それはほとんど事実だし、冷たい湖に落下したことから高熱を出したというのも傍から見たら事実だったし、問題はない。ドナートは納得していないが私は穏便に済んでよかったと思っている。  王には、正室である王配と、3人の側配。  王配アスレイ、サラディーン公爵家の子。1人目の側配イフダル、レスフィル侯爵家の子。2人目の側配ユスフ、メンディップ辺境伯の子。そして3人目の側配ブレント、ダーモット伯爵の子、私のハディーだ。  私のハディーは王宮に行儀見習いに来ていて、その美貌に一目ぼれした王に、強引に手籠めにされたという。  若く、美貌の側配に他の伴侶は嫉妬しているらしい。だから自分が一番爵位が低いことを自覚しているハディーは、一番遠い後宮を選び、召使いも社交も最低限にして、引き籠った。  それでも、他の王配や側配の敵対心は収まりがつかないようでそんなことも、あの事故につながったのかもしれなかった。  ハディーのダッド、ダーモット伯爵の領地は南の港町を持つ、活気のある豊かなところだ。漁業と貿易が主な産業だ。伯爵領としては平均よりやや下くらいの広さだ。  今でもグランダ(ハディーのダッドの意)は、大事な年頃のハディーに手を出した王を快く思ってはいない。  王の側配になれたなら光栄なことだと思えと、宮廷雀が騒がしいのもグランダを不愉快にしているようだった。  グランダの領地には私も何度かお邪魔している。  グランダである、ダーモット伯爵はやはり美丈夫で、どことなく自分にも似ている。  今回も収穫祭にかこつけてハディーが里帰りをする。  それに、私とドナートもついていくことになった。来年は貴族学院に入ることになるから、顔を見せに来てほしいとのことだった。  王都から領地が離れているグランダは、頻繁には王都には来れないし、私が訪れることも難しくなるからだ。  ダーモット伯爵領へは馬車で、3週間はかかる。護衛を引き連れての旅で、近衛騎士だけではなく冒険者も手配した。  そうしたら、どういうわけか勇者と大魔導士がついてきた。  どうしてこうなった? 「勇者様、ありがとうございます。おかげで安心して旅ができます。」  ハディーが、雇い主になるが、相手は英雄だ。下手に出てしまう。爵位もいらないと言った謙虚な人だ。パーティーにいたヒューマンの3人は爵位をもらって故郷に凱旋したらしいのに。  勇者は異世界の人だった。武を誇らしげに語る肉親も、頼るべき友人もいない。  それはなんという孤独だろうか。  穏やかに笑っている、この人はいろんなものを飲み込んで、ここに立っている。  ああ、この人のようになりたい。強く強く。  何物にも負けない、強い心を持ちたい。 「いえ、依頼を受けさせていただき、ありがとうございます。ダーモット伯爵領都までの旅、誠心誠意頑張らせていただきます。」  朗らかに微笑んで、握手をする勇者は、もう30代前半なのに若くて、生気に溢れていた。 「……ます。」  脇にいた、大魔導士グレアムはフードを被ったまま、言葉短く挨拶をした。顔が見えないので陰鬱な雰囲気に見えるが、騎士団の鍛錬であったときはもっと気さくな感じだったはずだ。  何か、彼を不機嫌にさせている要因があるのだろうか?  馬車が3台、中に乗っているのはハディー、ハディーの側仕え、フィメルの護衛二人、が真ん中の馬車、前の馬車に私とドナート、そして勇者と、大魔導士。最後の馬車は野営道具や土産物などを積んだ荷馬車だ。 「お二人の護衛を仰せつかりました。これから3週間ほど、そして帰りもよろしくお願いしますね。」 「い、いえっ……わ、わたしのほうこ、そ、よ、よろしくお願いしまりゅ……」  噛んだ!盛大に噛んだ!  涙目になった私が途方に暮れていると、斜め前方から、押し殺した声が聞こえた。席としては、対面に勇者、隣にドナート、ドナートの対面に大魔導士が座っていた。その大魔導士の肩が震え、声が漏れる。 「……ぷ、ぷぷ。こ、子供がっ……敬語ッ……しかも噛んでるっ……か、可愛くて、なあ? ショーヤ……」  それを半眼で勇者が見つめた 「ヒ…ごほん、グレアム。悪い癖だよ、ほんと。王子と公爵のご子息なんだから一応は敬意を払うのが当たり前だろう。」  眉をひそめて勇者が窘めるが、大魔導士はひいひいと笑い続けた。 「子供はのびのびと過ごす方がいいんだよ。詰め込んだって、溢れちゃ意味ねえし、頭が固くなるし、張りつめた糸は切れやすいだろう?こいつらは騎士団に忍び込んできてたんだから、やる気は十分なんだ。マナーなんてそのうち嫌でも身につく。」  そう言って、手を伸ばした大魔導士は私たちの頭をくしゃくしゃにした。  その手は大きく暖かく、しかも魔導士らしく綺麗な手で、優しい魔力を感じた。 「この馬車の中では敬語禁止な?その代わり、いろんな話をしよう。基本、暇だしな。」 「グレアム……君たち、それでいいかい?」  勇者はじっと睨むように大魔導士を見てから、私たちを見た。 「は、はいっ……あ、あの……この旅の間、稽古をつけてもらってもいいですか?」  一大決心をして、お願いをした。 「敬語」 「稽古をつけて欲しい……」  言い直して上目で勇者の方を見た。それを見てまたくすくすと笑う大魔導士は、勇者の肩に腕を置いて耳元で囁くように言った。 「いいぜ? な? ショーヤ。」  それを聞いてため息をつきながらも勇者は頷いた。 「まったくもう。」  仕方ないなとばかりに肩を竦めて見せた。肩に置かれた腕は無慈悲にも振り払われた。 「そうと決まれば……あ、内緒な?」  そう言って大魔導士がフードを取った。紺色の長い髪、水色の瞳、形のいい顎に、眩しいほどのフィメルと見まごう美貌。いや、フィメル、か?これは、顔を隠すのも頷ける。勇者もかっこいいが、この美貌は国が傾きそうだ。 「あ、俺はメイルだよ。あのパーティーメイルしかいないから。」  私の視線に気が付いたのか、そう言って片目を閉じた。 「あ、ハイ。」  ドナートはその間口を開けてただ驚いて固まっていた。  勇者パーティーはかなりくだけたパーティーだった。

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