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【第1部 書物の影で】23.ソール

 まるで音を立てて崩れていくようだ。僕のなけなしのプライドが砕けちる。  もうだめだ。もうやめてほしい。甘い言葉などささやかないでほしい。好きだなどと――いわないでほしい。  クルトはそんな僕におかまいなしだ。腕が僕の抵抗を溶かす。僕の眼に彼の美貌はまばゆいほどだ。触れてくる唇にこたえずにいられない。  もう――限界だった。 「なんでもいい。僕はもう……もう……」  もはやなにひとつ考えられない。考えたくない。  僕の全身が眼の前の男に抱かれたいと渇望して、気が狂いそうだ。 「僕を……めちゃくちゃにして……」 「ソール」  低く唸るような声が耳元にささやかれた。響きも匂いも、とても甘かった。 「俺がどうこうする前に、あんたもう、めちゃくちゃじゃないか」  吐息が僕の固く閉じた目じりをかすめた。  あたたかい手のひらがあごをつかむ。熱い息が頬にかかり、また口づけられていた。さっきまでの口づけのように、浅くついばむように唇を噛まれ、周囲をなぞるように舐められる。くすぐったさに体が震えたとき、歯の間を割るようにして舌が侵入して、強く吸われた。  僕は背中を壁にあずけたまま口の中を犯され、年下の男がねぶるままに舌をさしだした。押しつけられた胸板から麝香の香りがたって僕を包み、足ががくがく震えて、手に触れたシャツをぎゅっとつかむことしかできない。背中にまわされた手がなだめるようにさがり、一瞬離れた唇が角度を変えてまたかぶさってくると、さらに深く舌がもつれ、唾液が顎をつたった。  ふいに呼吸が楽になり、顎から首筋をなめられてぞわりとした感触に思わず声がもれる。さっきからしっかりと抱かれた腰がクルトの股のあいだに押しつけられて、そこで堅く主張するものが僕のそれとかすった。 「あっ、ああ…」  耳たぶをなぶられ、耳の中にまで舌をさしこまれる。いつのまにかシャツの中まで指がまさぐっていて、胸の突起を擦った。 「ああ…可愛いよ……ソール……どうしてこんなに……」  低くささやかれ、僕の理性が抵抗する。 「頼むから……からかうな」 「からかってなんかないって、いってるだろう」  耳を甘噛みされるたび、壁に押しつけられた背中から腰にかけて疼きが走る。  「……あんたをめちゃくちゃにしたいわけじゃないんだ」  ささやく吐息に僕は陥落しそうだ。いや、もうとっくの昔に、墜ちている。 「そうじゃなくて……欲しいんだ、ソール」 「ここでなくて……」  僕はかすれた声でつぶやき、そんな言葉を発した自分を消したくなった。だがクルトは逃してくれなかった。 「上に行こう」耳を噛みながら響く声に、僕はうなずく。膝がわらい、立っていられない。壁にそって崩れそうな僕の腰をクルトは支える。  彼にしがみつくようにして二階に上った。部屋じゅうに積んだ書物でつまづきそうなのに、そのあいだも口づけが、唇、耳、首筋へと落ちてくる。寝台に横たえられ、クルトの体重が上にかかって、僕の喉から首筋へ唇が這いまわる。  さっきからシャツの内側へさしこまれている指が、胸の両方の突起を執拗にもてあそんでいる。固くなったそれが布に触れるたび、もれそうになる喘ぎを僕はかみ殺す。  ふいに暖かい濡れた感触が左のとがりを舐めた。 「あっ――」 「ここ、いい? もっと声を出せよ」 「いや――あっ」 「いえよ、ソール。どこがいい?」  そんなふうにささやかれるなんて、耐えがたい。なのに胸から臍へと舌が這って、僕は喘ぎをとめられない。  ベルトがゆるめられ、臍からさらに下へ吐息が吹きかけられる。いつのまにか下衣をむかれて、足の先から抜き取られるのがわかった。なのにクルトはシャツの前をはだけただけで、着衣のまま僕の足の間に顔を埋めている。そして、すでにたちあがっていた僕自身を口に含んだ。 「――あああ…ああ!」  僕は息をのみ、彼の舌に翻弄されるままになる。唇で僕自身をなぶりながらクルトは両手で僕の尻をもんだ。穴の周囲をこすられ、僕はもう自制もきかず、さらに高い声をあげた。クルトの唇が僕を強く吸い、限界へ追いこむ。 「ソール……」  荒い息をつき、射精の快感に眼をうるませている僕をみつめながら、クルトは体を離して服を脱いだ。  彼の全身はどこも美しかった。薄い栗色の胸毛が胸から腹にのび、ひきしまった腰から屹立がそびえている。僕の上にのしかかり、また深く唇をかさねながら下肢を絡めてくる。  中心と中心が擦れあい、すでに一度達したのに、気が遠くなりそうなほど気持ちがいい。ずっとこれが欲しかった、と思う。僕はそんな自分をどうしたらいいのかわからない。  いつのまにか唇が離れ、後ろに回った指が僕の奥を探り、痛みに息を吐いたとたん胸を抱かれてうつぶせにされていた。舌が背筋をくだり、吸われるたびに僕は喘ぎをもらしてしまう。ふとクルトの重みが離れ、むきだしの肌に毛布が触れた。 「待って」ささやきのあと、床がきしむ音がきこえた。僕はシーツに顔をふせたまま、さっきの口づけを頭の中で反芻して体を熱くする。床がまたきしむ。背中にのしかかる気配と同時に腰を撫でる手のひらを感じ、次にぬるい液体が尻の割れ目をくだった。 「あっ……」  奥に指がさしこまれ、痛みと違和感が耳元を愛撫する舌の感触と混ざりあう。  クルトは急がなかった。ゆっくりと僕の内部をかきまわし、僕は喘ぎをとめられないでいる。指が二本、三本とふえるのがわかった。 「ああ、しめつけてくる。可愛いよ……」  耳たぶを噛みながらクルトはささやく。 「もっと声をきかせて……ほら」  内側をかき混ぜながら指が奥へ進んでいき、快楽の中心をみつけて、強く押す。 「あああああ!」  僕は枕にひたいを押し当てたまま、たまらず叫んだ。  クルトが低く笑うような声をもらす。 「ここ?」 「クルト……あっ――ああっ」 「ソール、ここがいい?」 「いい……あ、いやだ……」 「恥ずかしがらずにいえよ。ほら」  指の動きは止まってくれず、僕の前はまた立ち上がっている。クルトの腕ががっしりと僕の手をおさえつけ、喘ぐ以外のことはなにもできない。 「クルト――」 「なに?」 「……お願いだ……から」  うつぶせで尻をあげた恥ずかしい格好で、僕は年下の男に懇願する。相手は意地悪だ。僕のうしろにのしかかり、内側を指でまさぐりながら焦らす。 「なに?どうしてほしい?」 「もっと……あ……あ……」 「なにがほしい?」  肩をつかまれ、ひっくりかえされた。クルトの美貌がすぐ上にあり、僕の眼をみている。その唇がまたおりてきて、僕の目尻にふれ、上唇を甘噛みする。抱かれた腰から尻にクルトの屹立が当たり、僕の奥が渇望でうごめく。 「いって。俺が欲しいって」 「クルト――」 「それとも、欲しくない?」  指がまた奥へ入り、僕の中をかきまわす。 「ああ……あ、やめ……」  僕はどうしようもなく腰を揺らし、かすれた声をあげた。 「やめてほしい?」 「あっ……や…あ…ああっ……」 「欲しい? いってくれよ……いわないとわからないんだ。ソール――」  ささやく声と指が僕をおかしくする。もう制御できない。 「頼むから……挿れて……」  ふっと微笑んだ気配がして、クルトは僕の背を敷布に押しつけ、足を折り曲げた。さらけ出され、彼の前にむき出しになった穴の奥へ屹立を押しあて、侵入してくる。  僕は息を吐くが、きつかった。圧迫感で息がとまりそうだ。クルトの手のひらが僕自身を覆い、ゆるくつかんで撫で、擦った。  根元まで埋めこんで、クルトは「ああ」と嘆息のような声をあげる。 「あんたのなか、熱いな……」  そしてゆっくりと腰を動かす。  ゆさぶられるにつれて、波がやってきた。何度も、何度も。  暖かい波が僕の内側からいくども寄せては返し、押し流しては戻して、僕を揺らし、高いところへ運んでいく。クルトの息が荒くなる。  強く打ちつけられ、僕は高くのぼって喘いだ。クルトの動きが早くなり、彼の喉からも喘ぎがきこえ、達するときも、僕はかすれた声で叫んでいた。彼をしめつけて、遠くへ飛ぶようだ。 「ソール……好きだよ……」  浜辺に打ち上げられたように、ぐったりと力が抜ける。  腰を抱きしめられたまま、僕はクルトの胸からたちのぼる甘い麝香の香りをかぐ。彼が頬をよせて甘ったるくささやくあいだも僕はまだ陶然として、眼をとじたまま髪をなでる手のひらを感じている。  生えぎわからひたい、まゆ、鼻先に触れるような口づけがおちてくる。しびれたような体の中心にはまだクルトが入ったままだ。  かさねられた唇にこたえ、舌をからめた。クルトの指がいたずらに腰のあたりをなぞり、舌が歯の裏側をなぞる。  下肢がぞくぞくと震えるにつれ、僕の中にいるクルトがまた堅くなった。 「ごめん……もう一回……」  ささやきに拒否する暇などなかった。そんなことができたのかどうかもわからない。一度抜かれてうつぶせにされる。後ろからクルトが入ってくる。  また大きな波がやってきて、何度も僕を遠くまでつれていく。  高いところで白く明るい光をみつめながら、僕はずっと暖かい波の中にいた。

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