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第5-1話今日の夜は何をする気なんだ?

「そろそろ焼けたっぽいな。真太郎、縁側に座って待っていてくれ。今取り出して切り分けるから」  リンゴの芳醇な香りに心を躍らせながら、私はコクコクと頷いて縁側へ座る。  おやつに炭火で焼きリンゴだなんて……贅沢に感じてしまうな。平日だから尚更だ。  トングで網を退かし、アルミホイルに包まれたリンゴを取ろうとしている詠士を眺めながら、しみじみとそんなことを思う。  日々の合間にこうした楽しみを味わうなんて、詠士と日々を過ごすようにならなければ一生機会はなかっただろう。  未だに私のような人間が日常に楽しみを覚えてもいいのかと、疑問と罪悪感を覚えてしまう瞬間がある。胸に響く鈍痛と、口内に滲む苦みからは完全に逃れることはできない気がする。  そんな私を甘味は慰め、癒してくれる。  こうした直接的な甘さも、繋がり合って遠慮がなくなった詠士からの甘い態度も――。 「ほら、できたぞ。いい具合に火が通ってくれた」  思考に耽っていた私の隣へ詠士が座り、二人の間に焼きリンゴを乗せた皿を置く。  食べやすいように八等分された焼きリンゴから立ち昇る湯気に、甘酸っぱい香りが絡まる。皮の鮮やかな紅が見ているだけで食欲をそそる。果肉は黄金色となって濃厚な蜜を抱えているのだと教えてくれる。  フォークに刺して口元まで運ぶと、何度か息を吹きかけて冷ましてからひと口食す。  ……酸味と甘みのバランスが最高だ。  火を通しても皮の色が鮮やかなままで、甘みに負けない酸味がある。おそらく紅玉だろう。昔、沙綾がリンゴのジャムを作った時に教えてくれた覚えがある。  ふと沙綾との時間を思い出し、私の胸奥がより深い所まで温まる。  彼女のことが脳裏をよぎっても、こんなに心穏やかでいられる日が来るとは思わなかった。 「美味いだろ、焼きリンゴ。姉貴のお気に入りで、俺がよく作ってやっていたんだ。好物だから味にうるさくて、やれ砂糖が多いとか、リンゴは紅玉じゃないと嫌だとか、色々と叩き込まれていたぞ」 「さ、沙綾が? 意外だな。彼女ならなんでも喜んで食べてくれると思っていたが……」  意外な話を聞かされて目を丸くしていると、詠士は焼きリンゴを一切れ食してから苦笑し、肩をすくめた。 「そこは弟か、そうじゃないかの違いだな。姉貴っていうのは弟に遠慮も容赦もしないものだからな」 「君には遠慮がなかったのか。羨ましいな」 「あんまり良いものじゃないぞ? 何度も駄目出しされると、いくら身内でも心が折れるからな……ああ、でも真太郎から言われるなら良いな。むしろ燃える」 「燃えないでくれ。君はやり過ぎる傾向があるから、暴走しそうで怖い」 「それでも、なんだかんだ言いながら受け入れてくれるんだよな。俺に甘くて流されやすいところ、好きだぞ」  詠士に色気を帯びた流し目を向けられ、私は思わず怪訝な顔をしてしまう。 「……待て。いったい何の話をしている、詠士?」 「言ってもいいのか? 真太郎が望むなら、手取り足取り懇切丁寧に教えるが?」  不意打ちの戯れる言葉に翻弄され、私は詠士から目を逸らす。 「こんなおじさんをからかうのは止めてくれ。その手の冗談は、慣れていないんだ」 「冗談な訳がないだろ。本気だ」 「……余計にタチが悪いな」  半ば呆れながら程よく冷めた焼きリンゴ食べていると、おもむろに詠士が立ち上がった。 「さて、と。今から俺はやらなくちゃいけないことがあるんだが……真太郎、しばらく家の中心には来ないでくれ。縁側や寝室で休むなら大丈夫だが、それ以外は俺が良いと言うまで我慢してくれ」 「一応了解したが、いったい何をするつもりなんだ?」 「それは夜のお楽しみ、ということで」  意味ありげに微笑むと、詠士は身を乗り出して私の頬へ口づけてから立ち去ってしまう。  まったく……何をする気なんだ?  唇の感触がまだ残っている頬へ手を当てながら私は息をつく。

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