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第4-1話日常の光景
どうやらやめる気はないらしい。
目の前では湯気とカルツォーネのにおいが立ち昇り、私をこれでもかと誘惑してくる。
もう我慢できない。思わず首を伸ばし、中身と生地をともに口へ招く。
躊躇していた分、切り口の所が食べ頃の温度になっていた。
詠士が独自に配合し、風味にこだわった生地は相変わらずの美味しさだ。焼きたての小麦の香ばしさが口いっぱいに広がり、鼻の奥まで満たしてくれる。
そこへトマトソースの酸味と甘さ、とけたチーズのまろやかさが合わさり、噛むほどに美味しさが混ざって幸せを運ぶ。
続けてもうひと口かじれば、かぼちゃの甘みが加わり、味の上乗せが美味しさを高める。
中を覗き込めば、野菜はナス以外にもズッキーニや赤いパプリカなども入っており、味の変化が楽しめると予想がついた。
しっかりと味わっていると、詠士から小さな笑いが聞こえてきた。
「真太郎も気に入ってくれたみたいだな。俺もひと口もらうぞ」
大きく口を開き、詠士もカルツォーネへかじりつく。
満足そうに「上出来」と頷きながら食べる姿が、無邪気な男児となんら変わりがない。そして普段二人でいる時と同じだ。
こんな姿を見て主真は呆れていないか……?
ふと我に返って首筋がひやりと寒気を覚える。
不安を覚えながら主真のほうを見れば――ジッとこちらを見ながら、カルツォーネを黙々と頬張っていた。
口元がよく見えなくて表情が掴めない。ただ顔を歪めてはいないし、眉間にシワもないから、極端に嫌悪はしていないようだ。
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