65 / 111
第3-1話目を疑う光景
俺が呆然としていると、右の運転席側から人が出てくる。
ポロシャツにスラックスというラフな出で立ちの、彫りが深い顔の男。
日本、人……だよな? 乗ってきた欧州車のせいか、まとう空気が華やかだ。
……誰だ?! どう見ても武井じゃない。
戸惑いつつ、ここは関係者以外は立ち入り禁止だと伝えるため、俺は手を振りながら男のほうへ駆けていく。
「おーいっ、悪いがここは観光地じゃない。立ち退いてくれ――」
「すまないが、俺は付き添いだ。彼を降ろしたらすぐに退散する」
そう言って男は助手席に回ってドアを開ける。
彼が腰を屈めて手を貸す仕草を見せと、新たなに車から人が降りてきた。
短い黒髪に、あっさりめながらも精悍な顔。仕立ての良いグレーのスーツを着こなしながらも、肩から力が抜けて自然な立ち姿だ。
顔は間違いなく武井だ。何度も見たことがある顔。
だが見知らぬ男と目を合わせ、穏やかに微笑み合うその姿と柔らかな空気に俺は固まってしまう。
誰だ、これは?
俺の知っている武井じゃない……!
夢でも見ているのかと頬をつねりたくてたまらない。
こんなまろやかな空気を漂わせた武井なんてあり得ない。いくら尖らせ続けていた心の槍を折ったからといっても、そう簡単に人は変わらないというのに。
目の前の光景が信じられず固まる俺をよそに、武井は男へ話しかける。
ともだちにシェアしよう!