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第5-1話彼を変えた男

「どうぞ、おかけになって下さい。今お茶をお持ちしますので」  いつもの感覚で武井にそう伝えてすぐ、俺はハッとする。  ゆっくりと中へ入ってきた武井は「ありがとうございます」と言いながら、鈍い動きで脚の低い椅子へと腰かけようとしていた。  俺は慌てて武井に駆け寄り、手を差し出す。 「すみません……っ。手、掴まりますか?」 「ああ、大丈夫です。動きが遅いだけで、問題なく自分で座れますから」  そう一笑して武井は椅子に座り、小さく息をつく。  これが現場でいち早く救助しようと時に素早く、時に力強く動き、困難を切り開いてきた男の姿――一瞬、俺の胸に痛みが走る。  しかし武井からは一切翳りが見当たらない。  むしろ現場で活躍していた時のほうが、全員救助できた喜びに沸いていた時ですら翳りを滲ませていたほどだ。  一旦武井から離れ、すぐ近くに置かれていた電子ポットから湯を出し、インスタントの緑茶の粉を混ぜたものを武井に持っていく。  柔和に微笑んで「いただきます」と茶を口に含んだ武井を見ていたら、思わず俺は口を開いていた。 「……どうしてそんなに明るくなられたのですか?」  武井は俺を見上げ、少し意外そうに目を丸くする。だが、すぐに微笑みを浮かべた。 「やはり前とは違いますか?」 「失礼ながら……正直、別人じゃないかと未だに半信半疑です。現役だった武井さんを知っているので」 「確かに自分でも変わったと思います。あの事故から色々ありましたから」

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