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第5-4話彼を変えた男

 人を救うことがどれだけ大変なことか常に肌で感じ続けてきた者として、彼に心から敬意を覚えた。 「本当に救われたんですね、彼に」  素直に感じたことを口にすれば、武井が小さく、しかしはっきりと頷いた。  廊下から人の足音が聞こえてくる。こちらへ近づいてくる気配に促され、俺は自分の腕時計を見る。もう間もなく武井に講義してもらう時間だ。 「そろそろですね。準備の時間を取ってしまって申し訳ない」 「いえ、私のほうこそ私的な話を延々としてしまいました。しっかりと講演させて頂きます」  今まで柔和な表情だった武井の顔が引き締まる。  微笑を残したまま、現場へ赴こうとする時の気迫が滲んでいる。前の武井が完全になくなった訳ではないことがよく分かった。  それでもやはり、以前とは違う。  安心して送り出すことができる顔だ。救助に向かっても、要救助者とともに必ず戻ってくるという安心感があった。 「では私はこれで失礼します。武井さんの講義、後ろでしっかりと拝聴しますから。勉強させて頂きます」  軽く会釈した後に目を合わせれば、武井が照れを覗かせる。  鬼神が人になった気がして、頭の片隅で残念に思う自分がいる。  だが、このまま人であり続けて欲しいと、願う気持ちのほうが強かった。

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