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第3-1話可愛いからこそ
足音が聞こえてきて顔をそちらに向けると、三方に積み上げた団子と取り皿を手にした詠士が現れる。
私よりも二歳下のいい年したおじさん――気が若いせいか、年をあまり感じさせないが――なのに、その表情はイタズラを仕掛けて楽しむ男児となんら変わらない笑みが浮かんでいた。
「真太郎ー、待たせて悪かったな。どうだ、頑張っただろ?」
酒瓶の隣に置かれた月見団子に、私は思わず目を見張ってしまう。
中央は王道の白くて丸い月見団子。
その四方にあるのは、可愛いウサギの形をした団子。しっかりと切り込みで耳を作り、愛らしい顔や口も描かれていた。
「普通に作るだけじゃあ面白くないと思って、ちょっと頑張ってみた。やっぱり月にウサギは欠かせないだろう――ってどうした、そんなに肩を震わせて?」
「……詠士、これを食べる気なのか?」
「当然食べるが? 団子だからな」
「こんなに可愛くしたら、食べにくいだろう……っ」
そう、可愛いのだ。ウサギ団子が。
ただの点だというのに円らな瞳が愛くるしく、目を合わせると「食べちゃうの?」と口の中へ消えてしまうことを残念がっているように見えてしまう。
食べるために作られたのだ。腐らせるほうが食材に申し訳ない。
頭ではそう分かっているのに、ウサギの可愛らしさに心が揺さぶられてしまう。
自分がこんなことに動揺するなんてと思っていると、少し間を置いてから詠士が心底愉快げに笑った。
「ハハッ、まさかこんなに反応してもらえるなんてな。これは作った甲斐があった!」
「からかわないでくれ……まったく。それだけ詠士の腕が良いということだ」
「そいつは光栄だが、これは食べられないほどのレベルの可愛さなのか? 我ながら可愛くできたとは思うが……」
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