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4.勇者は思いを遂げ、さらに強くなる。

 アレフは俺の手首をひっつかみ、引きずるようにして街路の人混みをつっきろうとする。 「おい、痛ぇだろ。ちゃんと歩くからひっぱるな」  俺が叫ぶと顔をしかめたものの、手首をぎゅっとつかんだまま離そうとしない。宿屋にたどりつくと自分の部屋の扉をあけて、俺を中に押しやった。 「イルス、あいつは知り合いなのか?」 「今日が初対面だよ。誘っただけさ。おまえはどうなんだ? 気に入った女がいたんじゃないのか?」  アレフは俺をまじまじとみつめた。 「そんなんじゃない」 「何やってんだ。これから火の山までは何もない。このあと女を抱きたくなってもここが最後だ。それとも筆おろしがまだっていうのなら――」  アレフの長身がずっと前に迫ってきくる。俺は一歩二歩、後ろにさがった。ふかふかのベッドに膝の裏があたった。 「……なんていらない」  アレフの声はくぐもってよく聞こえなかった。 「何だって?」 「俺が欲しいのはあなたなのに」  え? 硬直した俺の肩をアレフは両手でつかんだ。 「イルス。俺はあなたが好きだ。あなたが……欲しくて、旅のあいだ、ずっと……許されないと思っていて……」  アレフの腕は息がとまりそうな勢いで俺の背中を締めつけてくる。膝の力が抜けて俺はベッドに尻もちをつき、アレフはそのまま俺のうえにのしかかる。 「俺が抱きたいのはあなただけだ」 「アレフ……」 「あなたは俺なんか相手にならないのかもしれない。でも、俺は――」  アレフの指が俺の髪をまさぐった。熱い吐息が耳をかすめるだけで血がたぎる。それでも俺は年長者の余裕をみせようと努力した。 「アレフ、落ちつけ。誰が相手にならないって? 俺だっておまえが好きだ」  藍色の眸が揺れた。 「イルス……でも……」 「おまえに抱かれたい」  そのとたん、食われるんじゃないかという勢いでキスをされた。技巧もなにもない、勢いにまかせた、がむしゃらなキスだった。  俺はアレフの首に腕をまわして応えた。アレフの唇に舌をさしいれ、歯をなぞり、愛撫する。俺の指の下でアレフの背が震え、俺たちは舌をからめた。恋人同士のように何度も何度も、長い時間キスをして、俺の頭はだんだんぼうっとしはじめた。他人とこんな風に抱きあうのは久しぶりだった。  アレフの唇が俺の首筋に吸いつき、はだけられた胸を指でなぞられた。俺たちは重なったままもがくように服を脱いで裸になった。どちらも風呂屋の石鹸の匂いがした。俺はアレフの股間に手をのばし、先走りで濡れた茎をなぞる。あっと小さく声をあげる男に思わず微笑んだ。 「男を抱いたことは?」 「やり方なら……」  アレフはちいさくつぶやいた。横たわったまま俺は背中をアレフの胸にぴったりくっつけ、堅くはりつめたアレフの雄に尻を押しつける。尖端が割れ目を探ったとたん俺の秘密の異能が勝手に働きはじめる。俺の中はひくひくふるえ、太い雄をするりと受け入れた。 「イルス……ああっ」  アレフがせつない吐息をもらす。俺の異能のひとつは「循環」と呼ばれるものだ。尻穴を弄られると淫魔の体液を無効にする愛液が零れだす。つまり潤滑剤がいらないのだが、もうひとつ重要な効果がある。バレると面倒が起きるから秘密にしているが、俺を抱いた冒険者はしばらくのあいだ、淫魔に襲われても無事に生還できるのだ。  火の山のふもとには淫魔がうろつく荒野がある。冒険者の多くはそこで命を落とす。でもこれでアレフも――なんて余裕をもっていられたのはほんのわずかなあいだだけだった。俺の中をいったりきたりしていたアレフの雄がふいに快楽の中心をえぐり、俺は大きな声をあげていた。 「あ、ああんっ、ああああっ、そこ、そこだめ、ああんっ」 「イルス……イルス、愛してるっ」 「ああっあああああ!」  うつぶせにされてがつがつと奥まで突かれる。俺の体は齢をとらなくなって久しいが、アレフの体はもっと若かった。俺は翻弄され、喉が枯れそうなくらい喘がされるはめになった。 「イルス……ああ……」  汗まみれになり、並んでベッドに横たわっても、アレフは俺の頭を抱き、何度も髪を撫でた。大きな手のひらも、ひたいのうえに落ちてくる息も、何もかも心地よかった。 「好きだ。愛している」  顔をあげるとまっすぐにみつめてくる藍色の眸が眩しかった。俺は目を閉じてつぶやいた。 「俺も愛してるよ」 「イルス」 「そうだな、おまえが魔王を封じて、英雄になって、人々にもてはやされて遠くに行ったとしても、俺はおまえのことが好きだ」 「馬鹿な。俺はずっとあなたと一緒にいる。魔王を封じるときも――」 「ああ。一緒に行くさ。火の山まで」 「魔王封じ……」アレフは俺の髪を指で梳きながらささやいた。 「イルス、ときどき……どうして俺はこれをしなければならないのかと、考えることがある」  俺はアレフの指をつかみ、爪にそっと唇をあてた。 「嫌になったのか?」 「いや。俺はあの焼け落ちた村の無念を晴らさなければならない。俺の前世の……悔いをこの生でも持っていたいとは思わない。この先何があるかわからないが、後悔はしたくない」  とても幸福な気持ちだったのに、ふいに不安が覆ってきた。アレフの前世、とくにその死に方は、俺とくらべものにならないくらい苦しいものだったはずだ。アレフは「はじまりの村」が焼けた時にその記憶に目覚めた。村の惨状が彼に与えた衝撃も傷も、俺の時よりずっと大きかっただろう。 「はじまりの村」はいつも魔王の眷属に襲われて焼かれる。それは事実だが、しかし誰も死んではおらず、今ごろは元に戻っているだろう。魔王を封じるという目的に勇者を目覚めさせるためだといっても、俺も村人も、アレフを騙していることになる。 「イルス?」  アレフが囁きながら俺の背中を抱きしめる。太腿を這う手に俺の体はびくりとふるえた。一度はおさまったはずの熱が戻ってくるのを肌で感じる。アレフの指が俺の乳首をつまみ、耳朶を噛んだ。 「あっ、ああ…あっ」 「イルス、もっとあなたを愛したい」 「うん……いいぜ――あっあんっ、そこは――あっ……」  俺は仰向けになって足をひらき、上にかぶさってくる男を受け入れる。雄を突きたてられ、唇も塞がれて、胸を覆う不安が薄らいでいった。  数日後、俺たちは町を出た。冒険者しか向かわない荒野の果てへ旅立ったのだ。火の山に近づけば近づくほど魔王の眷属は強くなる。だがアレフはもっと強くなった。剣術はすでに俺より強かったが、新しい異能も開花していた。今のアレフは自在に空中を跳ぶことができる。空中浮遊や跳躍は俺もできるが、アレフはもっと速く長い距離を跳べた。  魔王に近づけば近づくほど「勇者」が強くなるのは俺も経験したことだ。あの時の力の大半は魔王を封じたときに使い果たして消えたが、今のアレフにも同じことが起きているのだろう。つまり俺たちは正しい道を歩んでいるはずだ。  旅をしながら、俺たちは焚火の横や木陰で愛をかわした。アレフには告げなかったが、淫魔がうろつくようになっていたから、それは必要なことでもあった――万が一淫魔を抱いてしまっても、俺の異能の効果がおよぶからだ。  しかしアレフは淫魔に一度も誘惑されなかった。淫魔は旅人の思念を読み、旅人にとってもっとも魅惑的な姿へ変化してあらわれる。淫魔は俺の姿をとってアレフの前にあらわれたこともあれば、別の誰かの姿であらわれたこともあったが、どちらの場合も彼は一撃で斬って捨てた。  自分でいうのも変だが、俺の姿になった淫魔はずいぶんとその……蠱惑的だったから、アレフがまったく惑わされなかったことに俺は複雑な思いを抱いた。別の機会にあらわれた淫魔は、どうやらアレフの前世にかかわりのある人物に化けていたらしく、精悍な顔をした騎士だった。そのときもアレフは実に冷静だった。  魔王に対決する勇者には突出した性格特性がある。俺の場合は「好奇心」だった(そしてこのせいで俺は賢者の石に触り、不老になってしまったのだ)。アレフの特性はきっとこの冷静沈着さだ。勇者が魔王を封じるとき、異能や剣術の腕前以上にこれが重要になる。  ふもとの荒野を越えると俺たちはついに火の山をのぼりはじめた。悪臭がただよい、空から見張る眷属を岩陰に隠れて避けたり斬り捨てながら、すこしずつ進んだ。魔王城の入口は火の山の火口近くにあり、そこから下った地の底で魔王は力をふるっている。  隠された入口を俺はまだ覚えていた。そこを雷でこじあけるために、勇者の力とその剣が必要になる。 「アレフ、こっちだ!」  燃える岩石が上空から降りそそぐ。俺はアレフを魔王城の入口にみちびいた。黒く垂れこめた空のしたでアレフがふるう勇者の剣に稲妻が呼応した。  ピカッバリバリバリ――  激しい音とともに地面が崩れ、俺とアレフは地底へ、魔王城へと長い距離を墜ちていった。

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